今年の8月にデザイナーのステファノ・ピラーティは、自身のInstagramアカウントを削除すると、まっさらのアカウントを作り直し、現在までのキャリアを振り返るような内容の写真や動画を投稿した。そこには、イヴ サンローラン(現サンローラン)のクリエイティブ・ディレクターとして歩んだ輝かしい8年間も含まれていた。果たしてこれは、ピラーティがファッション史の重要なモーメントを記録していると同時に、彼が何かを企んでいることをほのめかしているのだろうか?
その予感は、一部当たったようだ。9月初頭にピラーティは、ふたたびファッションブランドのデザイナーを務めることを発表したのだ。ピラーティといえば、2018年にベルリンを拠点に自身のブランド、ランダム アイデンティティーズ(Random Identities)を立ち上げたことで知られる。そんな彼が今回のパートナーに選んだのはザラ(ZARA)だ。
10月3日(木)発売のカプセルコレクション「ステファノ・ピラーティx ZARA」誕生のきっかけは、約10年前にさかのぼる。ピラーティは、ザラを展開するスペインのインディテックス(INDITEX)のマルタ・オルテガ・ペレス会長とは10年来の友人であること、そして今回のコラボレーションがふたりの友情によって実現したものであることを本誌に語った。「10年近く前にマルタと知り合い、それ以来ずっと連絡を取り合ってきた。そうするうちに、一緒に仕事をしたいという気持ちが芽生えはじめて、それがこのような形で実現したんだ」とピラーティは解説する。
当初はメンズウェアだけの予定だったが、ピラーティのデザイナーとしてのあふれんばかりのクリエイティビティは、瞬く間にウィメンズウェアにも伝播した(ピラーティ自身は両者をひとつのコレクションと見ている)。「ブリーフィングの段階では、私の個人的なテイストが落とし込まれた、全16型のメンズウェアルックになる予定だった」とピラーティは語り、さらに続けた。「私の着こなしや実際に着ているもの、好きなものなどが盛り込まれた、私という人間を象徴するようなメンズウェアのカプセルコレクションを思い描いていた」。ピラーティのInstagramアカウント(削除される前のもの)を見たことのある方や、本誌を手に取ったことのある方は、彼がメンズウェアとウィメンズウェアを見事に融合させ、服装におけるジェンダーの壁を取っ払ってしまうことをご存知だろう。これについてはピラーティ自身も、「私は、すべてが混ざり合ってしまえばいいのに、と思う。いまだになぜ人々がメンズウェアとウィメンズウェアという区別にこだわっているのか、理解に苦しむ……そんなことはとっくに過去のものになったと思っていたのに」と語る。
では、ザラのショップの前にできる長蛇の列のほかに、「ステファノ・ピラーティxZARA」からはどのようなものが期待できるのだろうか? ひとつは、ピラーティの十八番ともいうべきテイラーリングが、シルクシャツやスレンダーなスカーフといったアイテムとともに、男女を問わず堪能できることだ。ほかにもレザーのセットアップやフェイクファーのオーバーサイズコート、さらにはネックレス兼おやつ入れ(⁉︎)として活躍しそうなラウンドモチーフが連なったポーチも登場する。さらには、シックなイブニングウェアや通勤にぴったりのシャツ&カーディガンなど、定番好きにはたまらないアイテムが目白押しなのに加えて、カラーブロック模様のパンツやグロメットのディテールが施されたジャケット、ドラマチックなケープなど、冒険心あふれる人が喜びそうなアイテムも満載だ。
要するに「ステファノ・ピラーティx ZARA」は、私たちの「着てみたい!」という気持ちをくすぐると同時に、手持ちのワードローブとも好相性なアイテム揃いなのだ。「日中に着られるものはもちろん、カクテルパーティーや夜にぴったりのアイテムを作りたかった」とピラーティは語り、「それだけでなく、これらは友人たちとの夕食や、誰かの家で食卓を囲むときにも最適だ。いろんなシーンに対応できるアイテム、というアイデアが気に入っている」と言葉を添えた。
シューズも忘れてはいけない。ピラーティの言葉を借りるなら、シューズは「シルエットの50%を構成する」重要な要素なのだ。本コレクションでは、レースアップのオーバーニーブーツやハイヒール、さらには履き心地抜群のパテントレザーのローファーなどが展開される。「最高のドレスを着ているのに、靴の選択を間違うだけで悲惨なことになる場合がある。そうかと思えば、大したことのないドレスでも、最高の靴を合わせるだけで見事なコーディネートに仕上がることもある」というピラーティのアドバイスは、ぜひともどこかに書き留めていただきたい。
ピラーティという創造性あふれるデザイナーがコレクションを手がける以上、広告キャンペーンもそれに相応しいものでなければならない——そこでモデルのジゼル・ブンチェンと写真家のスティーヴン・マイゼルが起用された。モノクロームのクラシカルなポートレート風のキャンペーンビジュアルでは、ブンチェンがウィメンズウェアを、ピラーティ自身がメンズウェアを着用。地球上でもっともスタイリッシュな新婚カップルのようにカメラに収まっている。今回のキャンペーンは、本コレクションの無数のハイライトのひとつでもある。「みんなの反応がとても気になるね」とピラーティは言い、「すべてのアイテムを着るのが待ち遠しいよ!」と言葉を添えた。
今回のコラボレーションでその力を見せつけたデザイン界のレジェンドの職務経歴書は、これからさらに煌びやかなものになるのだろうか?「そうかもしれない」とピラーティは冗談っぽく言った。「ランダム アイデンティティーズには、若い世代にも手が届きやすい服を作る、という明確なミッションがある。そのいっぽうで、デザインに対するよりラグジュアリーなアプローチも模索しているんだ」
クリエイティブ・ディレクターの交代が相次ぐいま——シャネルはヴィルジニー・ヴィアールの後任をいまだに発表していない——ピラーティの今後の動向も気になるところ。(筆者を含め)彼のファンは心躍るニュースの発表を楽しみに待っている。Instagramの一連の投稿は、ピラーティからのヒントなのだろうか……?「乞うご期待あれ!」と、ピラーティは最後に言った。
Photography by Steven Meisel.