映画監督ソフィア・コッポラと衣装デザイナーのステイシー・バタットが、約20年来の友情と衣装デザインの舞台裏について語り合った。
ソフィア・コッポラ監督の映画は、観る人の心を揺さぶり、さまざまな感情を呼び起こす。そして監督自身も認めているように、きわめてパーソナルである。2023年に刊行された書籍『SOFIA COPPOLA ARCHIVE』において彼女は、「私が監督したすべての作品には、共通点があります。それは、ひとつの世界があり、その中を懸命に進もうとするひとりの少女がいる、というものです。私は、常にこうしたストーリーに惹かれるのです」と語っている。コッポラが信頼を寄せるコラボレーターたちは、彼女にしか描けないストーリーに命を吹き込むためになくてはならない存在だ。
衣装デザイナーのステイシー・バタットは、まさにそのひとりである。『SOMEWHERE』(10)、『ブリングリング』(13)、『ビル・マーレイ・クリスマス』(15)、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(17)、『オン・ザ・ロック』(20)と数多くのコッポラ作品に携わってきたバタットは、最新作『プリシラ』(日本公開は2024年4月12日)で再びコッポラとタッグを組む。
『プリシラ』の原作は、エルヴィス・プレスリーの元妻プリシラ・プレスリーの回想録『私のエルヴィス』。プリシラ役を演じた俳優のケイリー・スピーニーは、本作においてエルヴィスに夢中の14歳の少女から28歳の妻・母親へと成長する。バタットは、超有名メゾン(シャネルとヴァレンティノ)や小規模な独立系ブランド(Eòlas)を総動員して、スピーニーとエルヴィス役を演じたオーストラリア出身の俳優ジェイコブ・エロルディの衣装を制作した。その結果、コッポラのビジョンを見事に実現させたのだ。主要人物たちの衣装の合計数は、なんと各自100点を超える——それに加えて、無数のエキストラの衣装もある。時代を映し出す多彩なファッションは、本作の見どころのひとつでもある。
そのいっぽうで、コッポラもバタットも『プリシラ』には“映画の魔法”が大量に投入されていると口を揃える。そうした魔法は、20年来の友人だからこそ生まれるものだと(このほかにも、思いついたときにピックルボールをしたり、ヴィンテージショップめぐりをしたことも役に立ったという)。
10マガジン:おふたりが仲良くなったきっかけは?
ソフィア・コッポラ(以下、コッポラ):ステイシーは、ニューヨークのマーク ジェイコブス(MARC JACOBS)のショップで働いていたんです。当時、私はその店に頻繁に出入りをしていて(笑)。アートとファッションの好みが似ていることを機に仲良くなりました。2000年代前半でしょうか。ねえ、ステイシー、マーサー・ストリートのショップで働いていたのって、いつぐらいだっけ?
ステイシー・バタット(以下、バタット):ここで私の年齢をバラすのは勘弁してよ(笑)。ショップを辞めたのは、27歳のときです。ソフィアと出会ったのは、その前だと思います。かれこれ20年の付き合いですね。
『ロスト・イン・トランスレーション』(03)のときのアカデミー賞授賞式で、衣装を着せる手伝いをしたことを覚えています[同作は2004年の第76回アカデミー賞授賞式で脚本賞に輝き、そのときコッポラはマーク ジェイコブスの紫色のロングドレスを着ていた]。
コッポラ:そんなことあった? 昔のことすぎて記憶が曖昧になってる。でも、すべてはマーク ジェイコブスからはじまったんです。私は、何が欲しいかわかったうえでショップに行くのですが、ステイシーは私の好みを熟していて、私が好きそうなものがあれば、いつも取っておいてくれました。
バタット:そうやっておせっかいを焼きながらも、ソフィアの役に立ちたかったんです。私たちは、好みが似ていたり共通点が多かったりするおかげで、一緒に仕事をするときはとてもやりやすいです。自分たちにしかわからない略語もあるんです。
10マガジン:一緒に作品をつくるとき、そうしたことはとても大事ですね。
コッポラ:ステイシーは、私が好きそうなものをいつも用意してくれるんです。もちろん、それ以外の選択肢も持ってきてくれます。でも、ステイシーと仕事をするときは、あまり多くを語らなくても分かり合えます。さらにステイシーは、特定の時代が舞台の衣装を手がけるとき、どのようにしたら現代のオーディエンスに魅力的に映るかを熟知しています。それが素晴らしいんです。史実に忠実であるだけでなく、オーディエンスがその素材とのつながりを感じられるようなルックを選んでくれます。
マガジン:『プリシラ』の現場の雰囲気はどうでしたか?
バタット:プレッシャーはありましたが、ソフィアのおかげでとてもいい雰囲気でした。ソフィア本人もプレッシャーを感じていたと思いますし、あまり予算がないことでストレスを感じていたと思うのですが、現場ではいつも落ち着いていました。怒鳴ったりもしませんし、プロダクションデザイナーから撮影監督、音響スタッフ、アシスタントに至るまで、すべての人が作品の一員であるという感覚を抱かせてくれます。私は、彼女と仕事をすることが何よりも好きです。
コッポラ:ありがとう、ステイシー。私も、チームのみんなが大好きです。信頼できるチームに支えられていることは、大きな力になります。とりわけ今回のように、同じものを繰り返し使ったり、いろんなものをつなぎ合わせて使ったりするときはそう感じます。現場はドタバタでしたが、“映画の魔法”を生み出すことができたと思います。
バタット:撮影の最初の週に[撮影監督の]フィリップ[・ル・スール]がラスベガスのシーンを撮ったときは驚きました。セット自体はラメ入りの生地とスプレー塗料で塗装されたヤシの木しか使っていないのですが、フィリップはラスベガスならではのきらびやかさを見事に捉えていました。
10マガジン:衣装に対するケイリー・スピーニーの反応は?
バタット:気に入ってくれたと思います。一着一着がカスタムメイドなので、数えきれないくらいフィッティングを行い、いつも衣装スタッフにつきまとわれてはピンを刺されていましたが、一度も不満を漏らしませんでした。常にプロフェッショナルでしたね。
コッポラ:衣装に加えて、ウィッグもたくさん使いました。スケジュールの都合上、同じ日に違う年齢のプリシラを演じなければならないこともありましたが、見事にこなしてくれました。少女から女性のさまざまな時期を演じるにあたり、衣装が大きな助けになったのだと思います。
10マガジン:プリシラご本人と衣装について話しましたか?
ステイシー:ケイリーを介してしか話していません。「すでにプリシラさんと連絡を取り合っているのなら、いつごろストッキングを履くのをやめたのか聞いてもらえる?」のように、ケイリーからプリシラさんに聞いてもらいました。
コッポラ:さすがステイシー。自分だったら、そんなことは思いつかなかったわ。
バタット:1959年から60年代前半にかけてプリシラさんがストッキングを履いていたことは確かでしたが、1966年はどうだったか確信が持てなかったので。
10マガジン:当時のプリシラさんは、どんなブランドの服を着ていたのでしょうか? 著名なデザイナーのものはありましたか?
バタット:これに関しては記録がないのです。ウェディングドレスのデザイナーさえ公表されていなくて。わかっているのは、プリシラさんが友人と一緒にお店で買ったことくらい。本作においては、シャネルがウェディングドレスを制作しました。
コッポラ:ドレスが到着したときのことは、いまも鮮明に覚えています。
バタット:みんなが興奮していました。エルヴィスの衣装に関しては、ヴァレンティノが結婚式のシーンのタキシードと数着のスーツ、そしてほとんどのニットを手がけています。特にニットは、カシミアのように柔らかくてゴージャスでした。エルヴィスのセーターを着て、ずっと暖炉の前で座っていたかったです。
コッポラ:テーラーメイドのスーツを着た瞬間のジェイコブ(・エロルディ)は、見違えるようでしたね。オーバーサイズのTシャツやスウェット姿の彼を見慣れていたので。
バタット:女の子たちは、すっかり夢中でしたね。
コッポラ:そうそう。ベネチア[国際映画祭]でも、ジェイコブを見て女の子たちが泣き叫んでいました。エルヴィスを目にした当時の女の子たちも、まさにこのような感じだったのでしょうね。ジェイコブはカリスマ性があるだけでなく、チャーミングで誰からも好かれる性格なんです。まさに私が考えるエルヴィスそのものでした。
10マガジン:ステイシーさんにとっては、『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』が初めての時代ものでした。
バタット:そうなんです。アメリカ南北戦争の時代が舞台でした。当時の女性は、髪を真ん中で分けて不思議なカールをつけていたのですが、時代背景的にも正確で、きれいに見える髪型にしたいと思っていました。いつも入念にリサーチをするのですが、それはこの仕事の醍醐味でもあります。[ニューヨーク]のメトロポリタン美術館で生地のアーカイブを見るのが大好きです。さまざまなテキスタイルを保管しているライブラリーもあって、素晴らしいリソースが揃っているんです。
10マガジン:友人のステイシーさんを『SOMEWHERE』の衣装デザイナーに起用したきっかけは?
コッポラ:華やかな衣装をたくさん使った『マリー・アントワネット』(06)のあとで、シンプルでミニマルな作品をつくりたいと思っていました。ちょうどその頃、ステイシーが衣装デザイナーとして働きはじめていたので[バタットの衣装デザイナーとして初仕事は、ゾエ・カサベテス監督の2007年の映画『ブロークン・イングリッシュ』]、「ステイシーはコンテンポラリーなルックが得意だし、テイストもアプローチも私と似ている」と思って声をかけました。フランスから帰国して近しい仲間を集めていた時期で、ステイシーにも仲間に加わってもらいました。
10マガジン:現時点で、いちばん好きなコラボレーションはありますか?
コッポラ:『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』でステイシーの手腕に圧倒されました。本当に予算が限られていたんです。『プリシラ』もそうでした。私たちは、低予算と30日という制作期間で、無数の衣装替えがある大作づくりに挑んだのですが、ステイシーは素晴らしい仕事をしてくれました。
バタット:そう言ってくれてありがとう。個人的に、『プリシラ』の撮影中でいちばん楽しかったのは、土曜日にステージを訪れて、ピックルボール(テニス、卓球、バトミントンの要素を融合したスポーツ。バドミントンコートと同じ広さのコートで板状のパドルを使い、穴あきのボールを打ち合う)をしたときです。
コッポラ:(笑)。グレイスランドのセットの隣のステージね! その前に、ヴィンテージショップで買い物をしたよね。
バタット:そうそう。誰もいないときに。そのあとの『プリシラ』のラストシーンの撮影中に、ふたりでシャンパンを開けはじめて……。私があまりにふざけるものだから、ソフィアはうっかり合図を見逃すところでした(笑)。クランクアップを迎えられたこと、そしてふたりでこの映画をやり遂げたことが心から嬉しかったです。
コッポラ:シャンパンボトルを開けようとしているステイシーに気を取られてしまったの(笑)。撮影は、まさに短距離走のようでした。新型コロナの感染者が出て、撮影を中断することにならなくて本当によかったです。バックアッププランなんてありませんでしたから。予算も、最後の1ドルまで使い切りました。あと1日撮影が延びていたら、どうなったことか。とにかく、あるものでどうにかやり切ったのです。
10マガジン:ニットに関しては、ヴァレンティノ以外のブランドにも制作を依頼したと伺っています。
バタット:そうなんです。一部のニットは、[サステナブルなニットウェアを手がける]Eòlas(ヨーリス)というブランドによるカスタムメイドです。ほかにも120着ほどの衣装が手作りなんです。ソフィアのお気に入りの、ラスベガスのシーンでプリシラが着ていたドレスもそうです。
コッポラ:あのドレスってステイシーの手作りだったの? 知らなかった。信じられない。ヴィンテージかと思った。すごいなぁ。衣装部門を訪れて、みんながつくっているものを見るのが楽しみでした。冬のドイツから春のメンフィスへと雰囲気をがらりと変えることができたのは、美術部門と衣装部門のおかげです。
バタット:ソフィアはいつも「メンフィスから太陽が出てきたような雰囲気にしたい」と言っていましたから。なので、まったく違う雰囲気になっています。
コッポラ:ステイシーは、細部にも徹底してこだわってくれます。エルヴィスがプリシラに向かってプリント柄を着るなと言っても、ステイシーはあえてプリント柄の衣装を使いました。この頃からプリシラが反抗的になっていることをわかっていましたから。ステイシーは、衣装を通じて登場人物の変化を表現しているのです。
10マガジン:『プリシラ』には、さまざまなルックが登場します。プリシラもエルヴィスも、大きな変わっていきますね。
バタット:それに関しては、最初の頃から話し合っていました。プリシラは自立していき、エルヴィスはどんどん暴走していくように、視覚的にも、ふたりが別々の道を歩んでいくように見せたかったのです。
コッポラ:エルヴィスのほうは、より大袈裟な感じにね。
バタット:そうそう、より大袈裟な感じに(笑)。もみあげをもっと長くしたり、もっとたくさんジュエリーをつけたり、より男らしく見せたり。
コッポラ:過剰な感じに。それに対し、プリシラはよりナチュラルな、彼女本来のスタイルに戻っていくイメージです。
バタット:もうひとつの課題は、自宅にいるとき——プライベートの時間のふたりをどのように描くかでした。私たちは、弱いエルヴィスというものを見慣れていません。そのいっぽうで、エルヴィスも弱いプリシラを見ていないのです。彼女は、常に彼の理想であり続けようとしましたから。
コッポラ:[プリシラさんが言うには]エルヴィスは、家の中でもきちんとした服装をしていたそうです。何らかのルックをまとっていたというか。大事なのは、ふたりともドレスアップが大好きだったということです。
バタット:そのいっぽうで、ふたりがパジャマ姿のシーンもあります。老眼鏡もかけています。老眼鏡をかけたエルヴィスの写真なんてありませんが、実際はかけていたようです。
コッポラ:プライベートでのふたりを描くことは、とても大切なことでした。
バタット:外の世界がふたりの関係性をどのように捉えようと、そこには脆弱さと誠実さがあったのです。
10マガジン:最後の質問です。ピックルボールの勝者は?
バタット:ソフィアがトーナメントを制しました。あのときはやり方がよくわからなかったのですが、カリフォルニアに戻ってから練習しました。カナダでプレーしたときよりも、確実に腕をあげました。
10マガジン:では、リベンジということですね。
バタット:何が何でも勝ちたい、というわけではありませんが、いいですね、リベンジ。ソフィア、今度はニューヨークでお手合わせ願います。
コッポラ:いいわね。私もまたやりたいから、日取りを決めましょう。
Photography courtesy of A24.