進化し続けるラボグロウンダイヤの世界


Shoko Natori

グレース・コディントンといえば、US版VOGUEの9月号の制作の舞台裏をとらえたドキュメンタリー映画『ファッションが教えてくれること』(2009)の劇中での彼女と編集長アナ・ウィンターの熱い議論を思い出す人も多いのではないだろうか。その後、ニューヨーク・タイムズ紙はコディントンを「意図せず有名になった人物」と呼び、2016年に同誌のクリエイティブ・ディレクターからの引退を報じた。そんな彼女が、今度は正真正銘の有名人として再び注目を集めている。それどころか、このところトレードマークの赤毛をリビングルームのテレビで見ない夜はないくらいだ。

というのも、伝説的なスタイリストと彼女の愛猫は、デンマーク発ジュエリーブランド、パンドラ(Pandora)の大々的な広告キャンペーン「Diamonds for All(すべての人にダイヤモンドを)」に起用されて世間を驚かせたのだ。広告キャンペーンには、コディントンのほかにモデルのプレシャス・リーと(すっぴんの)パメラ・アンダーソンも登場する。パンドラが2024年春夏ニューヨーク・ファッションウィーク期間中にラファイエット・ストリートを「ラボグロウンダイヤモンド(合成ダイヤモンド)・ディストリクト」に変えて開催したド派手なパーティーはいまも記憶に新しい。こうしたイベントに加えて、写真家のマリオ・ソレンティとディレクターのゴードン・フォン・スタイナーがタッグを組んだ広告キャンペーンからは、ラボグロウンダイヤの世界に巨額の投資を行うパンドラの意気込みが感じられる。これらはすべて、マスマーケットを対象とした世界最大規模のジュエリーブランドであるパンドラが手頃なチェーン店ブランドというイメージを払拭し、ファインジュエリー界の一翼を担うプレイヤーへと成長するための高額な“ラグジュアリー化”戦略の一環なのだ。

その結果、パンドラは世界でもっともいわくつきの“白い石”に関する、限りなく華やかなステイトメントを生み出した。それに加えて、ソレンティとスタイナーによる広告キャンペーンは、見かけよりもはるかにファッションフォワードだった。なぜなら、専門家たちの間では、ファッションとラボグロウンダイヤは眩い輝きを放つ理想のマリアージュとみなされているからだ。その例として、2022年にリサイクル認証を取得したゴールドを使った「エターナル ゴールド」コレクションを発表したプラダは、その翌年にラボグロウンダイヤを使った初のファインジュエリーコレクションをローンチさせたばかりだ。

Earring and necklaces by Hatton Labs

このコレクションの意義は、プラダによるものだということ以上に、ミラノ発祥のラグジュアリーブランドがラボグロウンダイヤという“フューチャリスティック”な素材の独創的なメリットを徹底的に活用した点にある。ジュエリーデザインの観点から見ても、ラボグロウンダイヤを使った「エターナル ゴールド」コレクションは、はやくも興味深いアイデアに満ちあふれていた。その緻密さや主張のあるストーン、贅沢なサイズ感などが2022年のデビューコレクションのさらに上を行くことに加えて、宝石というものがジュエリーデザインにもたらしてくれるボリューム感と贅沢さを強調しているのだ。

ラボグロウンダイヤを天然ダイヤよりも地球にやさしい代替品、あるいは低価格な選択肢とみなしてきたほかのジュエリーブランドと異なり、プラダはダイヤモンドとの“エモーショナルな”つながり以外のあらゆる要素をスキップし、技術だけに着目した。こうして誕生したのが、ブランドの三角形のロゴをモチーフにした「プラダ カット」だ。それはプラダのロゴにまったく新しい光が当てられた瞬間だった。

独立系のダイヤモンド・アナリストのポール・ジムニスキー氏は、プラダのような独創的な思考がラボグロウンダイヤ業界を一変させる可能性があると指摘する。「今後は、自然界では見られないような形や色のラボグロウンダイヤが製造されるでしょう。それによってラボグロウンダイヤ業界は、天然ダイヤ業界との差別化を図ることができると確信しています」と、ジムニスキー氏はニューヨークから語った。

確かに、思い思いの形の高額なラボグロウンダイヤを製造することは、プラダ以外のブランドにもできることだ。だが、プラダにはファインジュエリーデザインのヘリテージという重荷を背負わされていないファッションブランドとしての強みがある。今回のローンチによってプラダは、単なるハイジュエリーコレクションを発表したのではなく、「プラダ カット」とともにハイジュエリーの未来を独自の形で切り開いていく姿勢を世に示したのだ。

Eternal Gold snake ring in white gold and lab-grown diamonds by Prada

そもそも、ラボグロウンダイヤの素晴らしさを伝えるために巨額の広告キャペーンを打つ必要はあるのだろうか? 答えは「イエス」だ。理由は、「ラボグロウン(研究所育ち)」という名称そのものにある。そこにはどこか偽物めいた響きや、本当はもっと安いのにわざと価格を釣り上げているのではないか、という疑念がつきまとうからだ。実際、重機を使う従来の採掘方法を必要としないため、ラボグロウンダイヤの合成にかかるコストは天然ダイヤよりも平均して30%ほど低い。それに加えて、新規プレイヤーの参入によってコストは下がり続けている。

米連邦取引委員会(FTC)は、ラボグロウンダイヤの呼び方について明確なルールを設けており、それと関連して「本物」「真正」「天然」「貴重」といった表現の使用も禁止している。2018年にはラボグロウンダイヤを“本物”と認定したものの、ダイヤモンドが合成されたものである場合は、その事実を「明確かつ目立つように」提示しなければならないことを強調している。

ラボグロウンダイヤがたった数週間で合成できるのに対し、天然ダイヤが地上に姿を現すまでには何百万年もの歳月がかかる。ラボグロウンダイヤと天然ダイヤの最大の違いは、まさにここにあるのだ。想像を絶するような時間をかけて“自然に”成長する天然ダイヤには、えもいわれぬクオリティ、ひいては神秘性のようなものが備わる。ふたつとして同じダイヤモンドが存在しないこと——なかにはより貴重なものがあること——も魅力のひとつだ。すべての美しいものがそうであるように、それは抗いがたい魅力を放つ。

Earrings, necklace and rings by Hatton Labs

宝石の専門家で、ヴィンテージジュエリーを販売するロンドンの老舗宝飾店ハンコックス(Hancocks)のマネージング・ディレクターを務めるガイ・バートン氏は、希少な貴石と、それを求めて店にやってくる顧客と日常的に接している。「ラボグロウンダイヤは、化学成分や結晶構造という点では基本的に天然ダイヤと同じで、天然ダイヤと同様にさまざまな方法でカットすることができます」とバートン氏は口を開き、次のように続けた。「ですが、お客様は天然ダイヤのほうに引き寄せられるようです。こうしたダイヤは何百年も昔に形成されたもので、常に語るべきストーリーを持っていますから。天然ダイヤには美しさと希少性、そして個性があります。それらは、化学だけでは定義できないものです。だからこそ、人々は天然ダイヤに魅力を感じるのではないでしょうか」

そのいっぽうで、多くの天然ダイヤ業界関係者とは異なり、ラボグロウンダイヤの魅力も理解している。「以前、あるお客様から大粒のラボグロウンダイヤを仕入れてもらえないか、という依頼を受けたことがあります。その方は、限られた予算の中でできるだけ大きなダイヤモンドを買いたいと考えていたのです。私は、なるほど、と思いました。それは、きわめて論理的な判断だったからです。化学的に見れば、ラボグロウンダイヤもダイヤモンドであることに違いありません。それに加えて、ダイヤモンドの買い方は個人の問題でもあります。サイズを重要視するのであれば、ラボグロウンダイヤを選ばない理由はないのです」とバートン氏は語る。

確かに、価格はラボグロウンダイヤを選ぶ理由のひとつかもしれない。「世界の消費者の大半にとっては、ラボグロウンダイヤのほうがはるかに手が届きやすいのです」とジムニスキー氏は言葉を添え、次のように解説した。「ほとんどのラボグロウンダイヤの製造元は中国とインドで、莫大な経済力と高い効率性に裏打ちされた大規模設備を持つ大手メーカーによって製造されています。ほかの国のメーカーは、太刀打ちできなくなっている状況です」。それを示すように、2023年11月には、アメリカで2番目に大きい合成ダイヤモンドメーカーのWDラボグロウンダイヤモンド(WD Lab Grown Diamonds)が連邦裁判所に破産申請を提出した。その直前には、デビアス(De Beers)グループがラボグロウンダイヤの新ブランド、ライトボックス(Lightbox)の元で行なっていた、ラボグロウンダイヤを使った婚約指輪の試験的展開の中止を発表したばかりだ。これらはすべて、ラボグロウンダイヤの価格が今後も下がっていくことを暗示している。

A rough diamond by Vrai Created Diamonds

だが、ラグジュアリーファッションの消費者の観点から見れば、こうしたことがプラダのラボグロウンダイヤのデザイラビリティ(望ましさ)を低下させる可能性は低い。なぜなら、リセール(再販)市場と同様に、消費者が価値を感じる基準はそこではないからだ。デビアスも、ライトボックスは「今後もこのセクターにおいてもっとも有望な分野に焦点を置く」と明言している。ファッションジュエリーは、彼らがいうところの「もっとも有望な分野」のひとつだ。さらに近年においては、LVMHグループまでもがラボグロウンダイヤ市場に参入している。同グループ傘下のフランスの老舗ジュエリーブランド、フレッド(Fred)では、ブランドのシグネチャーダイヤモンドカットである「フレッド ヒーローカット」が施されたブルーラボグロウンダイヤのコレクションを展開中だ。同グループ傘下の高級腕時計ブランドのタグ・ホイヤー(Tag Heuer)も、ラボグロウンダイヤを使用した、見事なまでにアヴァンギャルドな「タグ・ホイヤー カレラ プラズマ ディアマン ダヴァンギャルド」によって、業界関係者の“お墨付き”を手に入れた。

ラボグロウンダイヤがここまで認知されるようになったのは、この道を切り開いていったヴライ(Vrai)の創設者のヴァネッサ・ストーフェンマッカーとチェルシー・ニコルソンや、ドーシー(Dorsey)の創設者メグ・ストラカンといった先人たちのおかげである。グウィネス・パルトロウのウェルネスブランド、グープ(Goop)やファッションブランドのアニービン(Anine Bing)などで活躍したファッションEコマースマーケティングの熱心な支持者であるストラカンは、ファッションデザインにおけるラボグロウンダイヤのポテンシャルに早い段階から気づいていた。対するドーシーは、ラグジュアリーブランドのような潤沢な資金こそはないが、多くのジュエリーブランドにとって手が出しやすい、結婚指輪風のあたりさわりのないスタイルのジュエリーではなく、テニスブレスレットをはじめとするクラシカルなスタイルや、パヴェダイヤモンドを散りばめた80年代風の存在感あふれるチェーンのようなジュエリーに焦点を置いてきた。顧客の好みに合わせてカットをカスタマイズするサービスも展開しているこのブランドは、ジャスティン&ヘイリー・ビーバー夫妻やテイラー・スウィフトといったセレブリティを虜にしていることでも知られる。ストラカンも、絶妙な価格設定の50年代風のカクテルジュエリーをつくるために、ラボグロウンホワイトサファイアやエメラルドを使っている。

Carrera Plasma Diamant d’Avant-Garde Chronograph Tourbillon by Tag Heuer

ファッションと伝統的なジュエリーの中間的ポジションを確立したヴライは、ラグジュアリーでありながらも日常使いができ、さらにはブランド物という安心感も備えたジュエリーを展開している。現在は、ダイヤモンドファウンドリー(Diamond Foundry)のジュエリー小売部門の一翼を担うまでになった。ダイヤモンドファウンドリーとは、サンフランシスコ出身の先見性あふれるソーラーテックの専門家たちによって創設されたラボグロウンダイヤメーカーで、技術力を武器に2010年代からラボグロウンダイヤの製造を行なってきた。同社は、ヴライやデザイナーのマーク・ニューソンとジョナサン・アイブ(2018年にふたりが発表したラボグロウンダイヤのリングは大きな話題を呼んだ)、バルマン、ジバンシィ、ドーバー ストリート マーケットとのコラボレーションを通じて、ラボグロウンダイヤのポテンシャルを強調してきた。

クリエイティブ面でのポテンシャルはさておき、ラボグロウンダイヤを取り扱うジュエリーブランドは、環境にやさしいことを謳う一連の認証とともに市場に雪崩れ込んできた。これらのブランドが掲げる戦略は、手頃な価格のダイヤモンドを求めている、若くてよりコンシャスな購買層を惹きつけることに成功した。こうしたブランドの善意と、地球にも人にもサステナブルであるという主張には疑いの余地はないが、実際のところ、ラボグロウンダイヤの合成には大量のエネルギーが必要とされる。そうしたことから、こうしたブランドは再生可能エネルギーにも注目している。さらには、カーボンニュートラルの実現にも真剣に取り組んでいるため、環境汚染を少なくしているのも事実だ。まさにいいことづくめのように思えるラボグロウンダイヤだが、製造と流通によるチリツモ的なダメージをピンポイントで指摘することは容易ではない。

ファッションブランドのエシカル度を評価するオーストラリアの評価機関、グッド・オン・ユー(Good on You)は、次のように指摘する。「両サイドとも熱狂的で、議論は白熱しています。現時点で私たちは、ラボグロウンダイヤ支持派も、天然ダイヤ支持派も、それぞれが支持するダイヤが相手のものよりもサステナブルであることを立証できていない、というスタンスをとっています。最良の選択肢は、ヴィンテージダイヤなのです」

これを聞いてハンコックスのバートン氏は大喜びしているだろうと思ったが、意外にも他業界の不幸を喜ぶ様子はなかった。「ファッションジュエリーは、ラボグロウンダイヤが活躍できる最高の舞台です」とバートン氏は口を開き、さらに続けた。「ラグジュアリーブランドがラボグロウンダイヤを今後も使っていくのであれば、天然ダイヤ業界にとって前向きな影響があるかもしれません」。そういえば、ラボグロウンダイヤを探していたバートン氏の顧客は、最終的にはヴィンテージのブリリアントホワイトダイヤモンドを購入したそうだ。人間の心というのは、わからないものだ。

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