SETCHUの桑田悟史が描いた、東洋と西洋の融合


Shoko Natori

いまから20年近く前のことだが、桑田悟史は京都市の郊外にある八幡市を飛び出し、ロンドンに降り立った。21歳の青年は英語が得意ではなかったが、片道切符とデザイナーになるという大きな夢、そして「仕事をください」と書いた手書きの紙を持ってサヴィルロウを訪れ、仕事を探した。それからしばらくして、彼の才能に気づいた老舗テーラーのH・ハンツマン&サンズにスカウトされ、そこで働きはじめた。その後、桑田はセントラルセントマーチンズ美術大学で学んだウィメンズウェアづくりのノウハウを活かしながら、本格的にキャリアをスタートさせた。ガレス ピューやイードゥン、ジバンシィ、ゴールデングースといった有名ブランドで経験を重ね、2020年にイタリア・ミラノで革新的な自身のブランド「SETCHU(セッチュウ)」を立ち上げた。

SETCHUというブランド名は、東洋と西洋の融合を意味する「和洋折衷」という言葉に由来する。桑田の英国での訓練や日本のミニマルな美意識へのこだわりの交差点という意味でも、ぴったりのネーミングである。そんなSETCHUが掲げるフィロソフィーとは、どんな状況であれ、洗練された服装をすること。それはハンドメイドのクオリティを生かした先鋭的なテーラリングや、古典的なものの中からニュアンスを取り出したり、まったく新しいものを作り出したりすることをスタンダードとしている。そのいっぽうでドレープワークや折り方、留め具の戦略的な使い方といったクレバーなアプローチが盛り込まれたジェンダーレスなウェアも彼が得意とするところだ。

子どもの頃からの大の釣り好きだったという桑田のアプローチは、その多くが釣りに対する深い愛に貫かれている。服を作るときも釣りをするときと同じような精神で向き合い、これが彼の作る服の流動性と適応性を支えているのだ。彼のデザインの構想は紙からはじまり、まるで折り紙のように曲げたり折ったりして限界の空間を見せるように操作する。そこに生地が加わることで質感が注目され、きわめてユニークな作品に命が吹き込まれるのだ。

若手デザイナーの登竜門といわれる「LVMHプライズ」を2023年に受賞した桑田は、サヴィルロウ屈指の老舗テーラー、デイヴィス&サンとタッグを組み、桑田の真骨頂ともいうべきモジュラーウェアのカプセルコレクションを発表した。221年という歴史を誇るデイヴィス&サンが外部デザイナーとコレクションを共同でデザインするのは今回が初めてのこと。これについて桑田は、次のようにコメントしている。「デザイナーとして初めてこのような企画に携わることができ、心から感謝しています。約20年前にサヴィルロウで働きはじめたばかりの日々を思い出しました。日本人にとってサヴィルロウはとてもスピリチュアルな場所です。サヴィルロウ・スタイルのおかげで、日本人は西洋風の服装を学んだのですから。デイヴィス&サンのパトリック・マーフィー氏とジョニー・アレン氏は、忙しい中でも私の話に耳を傾け、完璧な服を作るために何度も作り直してくれました。デザイナー冥利に尽きます」

デイヴィス&サンのビスポーク部門責任者であるジョニー・アレンと共同経営者であるパトリック・マーフィーとともにコレクションを作り上げた桑田は「ふたりからは、多くのことを学びました。私にとって神様のような存在です」と言い、次のように続けた。「あの頃の私は『お元気ですか?』という挨拶の使い方さえ知らない若造でした。 誰かに『お元気ですか?(How are you?)』と聞かれたら、その人に同じように『お元気ですか?(How are you?)』と言って、ロンドンのひどい天気の話をするのがロンドン流なんだ、と教えてくれたのも彼らでした。上着を着ないでシャツ一枚で店の外に出ようとすると、ジョニー(・アレン)に 『サトシ、下着で外に出るんじゃない!上着を着なさい!』と叱られたものです。私にとってジョニーはロンドンの父のような存在で、基本的なマナーから英国文化、さらには仕立てに至るまで、あらゆることを教えてもらいました。ジョニーが私に言った『サトシ、スーツはドレープではなく、彫刻なんだ』という言葉は、いまでも忘れられません。パトリック(・マーフィー)は、私にとっての生ける伝説です。彼はサヴィルロウ屈指のテーラーであると同時に、一枚の生地から人の身体を美しく仕上げる秘訣を知り尽くした彫刻家でもあります。彼のすごいところは、とてもオープンマインドなところ。挑戦することが大好きなんです。最初のアイデアやプロトタイプを見せたとき、彼は私が何をしたいのかを一瞬で理解してくれました。歌手のポール・ウェラーと大の仲良しなのも、納得できます」

4月17日に桑田とデイヴィス&サンは、第60回ヴェネチア・ビエンナーレにて3つのオーダーメイドルックからなるカプセルコレクションを発表した。コレクションには、ダブルブレストのコートやブラックのヘリンボーン(通常はモーニングコートにしか使われない素材)のショートジャケット、折りたたんで収納できる白のカシミアロングコートなどのルックが含まれていた。これらはすべてが桑田好みのオーバーサイズでありながら、デイヴィス&サンが誇る厳格なカッティングスタンダードを守っていた。「SETCHUでやっているような、性別にとらわれないことをしたかったのです。優れたデザインを身につける資格は、誰にでもあると思います。いまは2024年で、ファッション業界で働く人の数は男性よりも女性のほうが多くなりました。また、意味のある、時代を超越したものを作りたかったので、これらのデザインの構想に多くの時間を費やしました。私は、誰もがいつどんなときでも着用でき、どこにでも簡単に持ち運ぶことができる(もちろん、釣りに行くときも!)ユニークで美しいものを着てしかるべきだと信じています。その結果、特別な何かを超えるコレクションに仕上がりました。これらのデザインは、これから数百年先も存在し続けると思います。人類がある日突然、これからは裸で生きていこうと思わないかぎりは」

コレクションを手がけるにあたって桑田は、ウェアに合ったシューズの制作をビスポーク靴専門メーカーのジョージ・クレバリーに依頼した。「ジョージ・クレバリーは私だけでなく、クラシカルな靴が好きなすべての人にとってのレジェンド的な存在です。ジョージ・クレバリーのシューズは世界一です」と桑田は言った。こうして桑田が21歳のときにオーダーしたのと同じクラシカルなチェルシーブーツが、ブラックのカーフレザー仕様で誕生した。パトリックがそうであるように、「ジョージ・クレバリーのオーナーであるグラスゴー氏(ジョージ・グラスゴー・ジュニア)も、当時私が注文したものをいまでも覚えてくれています。今回のコラボレーションでも、ライニングに同じ色を使いました」と桑田は言った。「また、彼らはこのプロジェクトのために女性用の既製靴を特別に作ってくれました。彼らが他のデザイナーのためにそのようなことをしたことはなく、とても感謝しています。私たちは20年来の知り合いで、彼らは私の夢を実現するために力を貸してくれたのです」

展示会は、桑田曰く「とてもリラックスした雰囲気」が魅力のパラッツォ・ヴェニエで開催された。「友人の家に遊びに来たような気分になってもらいたいんです」と桑田は口を開き「サヴィルロウのテーラリングはファッションではなく、芸術です。だからこそ、それを夢のような場所で披露したかったのです」と語った。桑田はパリとミラノを拠点に活動するデザインデュオのカリーナ・フレイとステファニー・バースによってデザイン界の奇才ピエロ・ガンディーニ(イタリアの照明ブランド「フロス」の元CEO兼オーナー)を紹介され、このプロジェクトのために無償でスペースを提供された。

カプセルコレクションは、桑田の生まれ故郷である京都を中心とした日本の生活雑貨とともに展示された。漆喰塗りのパラッツォの玄関では、墨で塗られた大きな提灯がゲストを出迎えた。畳は透け感のある黒のSETCHUのファブリックに覆われ、陶器のスツールは取り外し可能な蓋付きで、生け花を置くトレーにもなる。儀式用のキャンドルは、オーガニックワックスで造形されていた。こうして衣服とともに驚くべき多感覚的な体験が誕生した。「シンプルだけど、意味があるもの——私の夢がようやく現実になろうとしています。日常生活で目にするすべてのものをデザインしたいです。これはその第一歩。皆様にぜひ体験していただきたいです」と桑田は言った。

さらに桑田は、デイヴィス&サンとの限定生産のレディ・トゥ・ウェア・コレクションも検討しているという。「ビスポークに近いものを買いたい人のために、もっと手頃な既製服を提案するかもしれません」と桑田。しかし、彼がこれを望む最大の理由は、「これからもジョンとパトリックと」一緒に仕事がしたいからだ。それがどのようなものであれ、桑田の手にかかれば、きっと素晴らしいものになるに違いない。

Photography by Patrick Bienert

@daviesandson.savilerow laesetchu.com

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