私たちはなぜ、キラキラ光るものに惹かれるのだろう。それは生命の本能かもしれないし、ただ日々を少しだけ明るくしたいというささやかな願いなのかもしれない。スワロフスキーのグローバル・クリエイティブ・ディレクター、ジョバンナ・エンゲルバートが手がける“クリスタル”には、その問いかけに対する彼女自身の答えが映し出されている。光とともに人生を楽しむための“生きる力”の秘訣について聞いた。
「スワロフスキー」グローバル・クリエイティブ・ディレクター ジョバンナ・エンゲルバート
2020年、スワロフスキーは1895年の創業以来初の試みとして新たに設けたクリエイティブ・ディレクターのポジションにジョバンナ・エンゲルバートを任命した。それからというもの、エンゲルバートはスタイリッシュさと華やかなエレガンスをブランドに吹き込み、遊び心あふれるアプローチによってスワロフスキーを最もファッショナブル
なジュエリーブランドの地位にまで引き上げた。1979年にミラノで生まれたエンゲルバートは、ドルチェ&ガッバーナのモデルとしてファッション界でのキャリアをスタート。
その後はスタイリスト兼エディターとして『L’UOMO VOGUE』やイタリア版『VOGUE』『W』といったファッション誌を中心に活動した。そんな彼女がスワロフスキーを率いることになったのは、プロダクトへの深い愛があったから。いまでは製品、パッケージ、店舗のデザインから広告キャンペーンづくりにいたるまで、ブランドのすべてを統括している。ここでは、本誌のグローバル編集長ソフィア・ネオフィトウ・アポストロウによるスペシャルインタビューをお届けする。
「Gema」イヤリング チョーカー ネックレス カフ リング(スワロフスキー・クリスタル×ゴールドトーン・プレーティング)/SWAROVSKI JEWELRY
―『10 MAGAZINE』の今号のテーマは「トランスフォメーション(変革)」ですが、ご自身は、変化は好きなほうですか?
大好きです! そもそも変化って、ファッションには欠かせない要素ですよね。私自身、これまでにいろいろな変化を経験してきました。私にとって変化は、好奇心を持ち続けるための原動力です。同じ仕事を10年続けていたとしても人は変われますし、変わるべきだと思います。
―モデルとしてキャリアをスタートし、イタリア版『VOGUE』編集長の故フランカ・ソッツァーニや、『L’UOMO VOGUE』のアンナ・デッロ・ルッソといったレジェンドたちと仕事をされました。モデルからの転身は大変だったのでは?
もともとファッション界で働くことが夢だったのですが、モデルになったのは偶然というか、初めていただいた仕事がモデルの仕事だったんです。でも、すぐに限界を感じました。ジゼル(・ブンチェン)を見て思ったんです。私はあんなふうにはなれない、と。モデルをするには、私は頑固すぎました。ここだけの話ですが、そのせいで大切な撮影から外されたこともありました。モデル失格です。
「Vienna」イヤーカフ(スワロフスキー・クリスタル×ルテニウム・プレーティング)/SWAROVSKI JEWELRY
―そんなことありません! 私もこの目で見ていますが、素晴らしいモデルでしたよ!
ありがとうございます。幸い、ドルチェ&ガッバーナに拾ってもらいました。ドルチェ&ガッバーナは、私にとって家族のような存在です。同時に、ファッション界で自分の道を見つけることができたのは、そこでの経験のおかげだと思っています。当時はスタイリストという職業はまだまだ知られていなくて、誰もがクリエイティブ・ディレクターに憧れていました。スタイリストの名前が雑誌に載ることもありませんでした。
それでも私は、どうしてもスタイリングの仕事がしたかったので、モデルとして得たすべてを注ぎました。ファッション界にとって1990年代後半から2000年代前半は最高の時代でした。その時代に活動できたことは、とてもラッキーだったと思います。
―やはり苦労されたのですね。
そうですね。何よりもまず、ファッション・エディターという仕事が“職業”と呼ぶに足るものであることを世間に認めてもらわなければいけませんでした。でも、アンナ(・デッロ・ルッソ)がコンデナスト・イタリアに入社したことを機に、意識が変わっていったと思います。それでも、やっぱりあの頃は大変でしたね。当時の業界には、いまのように「みんなに優しく」という意識はありませんでしたから。辛いこともありました。
―エンゲルバートさんご自身は常に優しくて思いやりのある方と記憶しています。
歯を食いしばっていたんでしょうね。
―当時はみんながそうでしたからね。その後のキャリアは?
最初に担当したのが『L’UOMO VOGUE』で、それから女性向けのファッション誌や海外の『VOGUE』も手がけるようになりました。
「Vienna」イヤーカフ ネックレス(スワロフスキー・クリスタル×ルテニウム・プレーティング)/SWAROVSKI JEWELRY
―エドワード(・エニンフル)をはじめ、そうそうたる人たちと仕事をされました。
私がドルチェ&ガッバーナのモデルだったとき、エドワードがメンズランウェイショーのスタイリングを手がけることになりました。当時はどうにかしてスタイリングの仕事をしたいと思っていたので、エドワードのアシスタントをやらせてほしい、とステファノ・ガッバーナに直談判しました。
―一人前のファッション・エディターになれた、と自覚するまでにどれくらい時間がかかりましたか?
5~6年でしょうか。2010年に『W』の仕事でニューヨークに移り、ブランドコンサルティングをはじめたことが転機になりました。ブランドコンサルティングを通じて、製品というものが自分にとっていかに大切であるかを知ったのです。広告キャンペーンのスタイリングよりも製品そのものに興味を持つようになり、雑誌のストーリーテリングの手法をブランディングや製品づくりに落とし込んでいきました。ここでまた変化が訪れたのです。さまざまなブランドから学んだことをひとつのブランドに注ぎたいと思うようになりました。
―2016年にスワロフスキーのB2B部門のクリエイティブ・ディレクションを任されました。
あの頃は他のブランドのコンサルティングを続けていましたし、雑誌の仕事もしていました。それでも、クリスタルという大好きな素材を扱う仕事がしたかったのです。それからしばらくして、2020年にスワロフスキーが事業再編を行うことになり、クリエイティブ・ディレクターという新しいポジションに任命していただきました。
「Dulcis」チョーカー バングル リング(スワロフスキー・クリスタル×ゴールドトーン・プレーティング×レジン)/SWAROVSKI JEWELRY
―クリエイティブ・ディレクターとして最初に取り組んだことは?
クリスタルという素材への回帰です。クリスタルには素材本来の色というものがあります。そうした色彩や煌びやかさに再びスポットを当てたいと思ったのです。私が就任した当時は、新型コロナのパンデミックによって世界全体が暗い雰囲気に包まれていたので、喜びを感じられる製品を届けたいという想いもありました。私は華やかさとエレガンスを大胆でエフォートレスな方法で組み合わせることが大好きなんです。
―大変な仕事だと思いますが、プレッシャーを感じないためのコツは?
就任したばかりの頃は、クリスマスの日の子供みたいにワクワクしていました。その一方で、重い責任を前に恐怖を感じたのも事実です。私にできることは、敬意をもってスワロフスキーというブランドのレンガをひとつひとつ積み上げていくことでした。アイデアを持っていることは重要ですが、スタミナとチームワークも欠かせません。いまの若い人たちは、アイデアを具現化することの大変さを理解していないような気がします。アイデアの具現化には、チーム一丸となって働く姿勢とヴィジョンを信じる強い気持ちが欠かせません。
―クリエイティブ・ディレクターとして、製品のデザインはもちろん、コミュニケーションに関するすべてを統括されています。
そもそもジュエリーだけをデザインするつもりではありませんでした。スワロフスキーでの初仕事は、パッケージデザインの刷新でした。パンデミック中も家で試作品を作ったりしました。もうひとつ刷新したのがストアコンセプトです。八角形のボックスを壁面に配し、カラフルで立体的なディスプレイで製品を見せることにこだわりました。オープンの1か月前にディスプレイが崩壊したときは、あまりにショックで号泣してしまいました。
「Dulcis」フープピアス チョーカー バングル(スワロフスキー・クリスタル×ゴールドトーン・プレーティング×レジン)/SWAROVSKI JEWELRY
―それでも、無事オープンにこぎつけました。新しいストアコンセプトには、メットガラ2025のためにデザインしたルックにも通じるものがありますね。
メットガラでは、ジュエリーとファッションの限界に挑戦したかったのです。おかげでジュエリーとレディ・トゥ・ウェアの中間に位置するような、夢のような作品に仕上がりました。大きな挑戦ではありましたが、やってよかったです。スワロフスキーでは、ジュエリー、刺繍、クチュールをはじめとする8部門がひとつのルックを手がけました。全体をまとめるのは至難の業でしたが、素晴らしい作品ができたので満足しています。
―まさにファンタジーに満ちあふれているというか、スワロフスキーの夢の世界に誘われるイメージです。
それこそが私たちのねらいなんです。嬉しいことに、メットガラの参加者の方々から「私もスワロフスキー・ガールになりたい!」という言葉をいただきました。誰もがスワロフスキーのファンタジーの世界の一員になりたいと思ってくれたのです。自分のヴィジョンを届けることができて、とても嬉しかったです。ブランドの舵取りを担う者にとって、ヴィジョンはとても重要です。私の場合は「美」を見せることがねらいでした。私は美しいものやファンタジックなものが大好きなんです。スワロフスキーのワンダーランドを表現したいのです。
―スワロフスキーのワンダーランド。素敵な表現ですね!
ファッションと結びつくことで、スワロフスキーは何倍ものスピードで成長できると思います。ファッションには、それだけの力があるのです。
「Sublima」フープピアス チョーカー(ルテニウム・プレーティング)/SWAROVSKI JEWELRY
―2023年には、ラボラトリー・グロウン・ダイヤモンドを使った「Swarovski Created Diamonds」コレクションをローンチしました。これにはクリスタルと違うアプローチを採用したのでしょうか?
クリスタルと同じチームが担当していますが、技術面ではクリスタルとは違うテクニックを使用しています。ダイヤモンドの美しさはカットにかかっていると言われますが、スワロフスキーにはそのカットに関する卓越した技術力があります。五角形や六角形、三角形など、さまざまなカットを試しましたが、最終的に八角形のオクタゴンカットが一番美しいと思いました。
―一目でスワロフスキーとわかる、見事なカットです。従来のオクタゴンカットよりも縦長のフォルムは、ブランドの新しいロゴを連想させます。
とてもクラシックですよね。縦長の八角形のフォルムは、マスキュリンでありながらもフェミニンな印象を与えます。
―インスピレーション源はアートでしょうか? それとも自然?
アートは私にとって重要なインスピレーション源です。なかでもカラフルな四角形を描いたジョセフ・アルバースが好きで、色と厳格なフォルムのバランスを学びました。グスタフ・クリムトからもインスピレーションをもらいました。クリムトは、スワロフスキーが創業した時代にウィーンで活動していましたから。フロイトの精神分析に象徴される学問から芸術にいたるまで、19世紀末のウィーンはまさに黄金時代だったのではないでしょうか。
「Idyllia Snowflake」ボディピース(スワロフスキー・クリスタル)/SWAROVSKI JEWELRY
―まだ実現できていないアイデアはありますか?
ありません。時間はかかりますが、何事も実現できると信じています。たとえば2025年春夏キャンペーンでアリアナ・グランデが着用したドレスは、4年前に私の夢に現れたものなんです。そのときは実現できませんでしたが、こうして形にすることができました。この仕事の素晴らしいところは、自分の夢をより大きな規模で具現化し、多くの人に触れてもらえることだと思います。
―その夢はその人の人生の一部になる、ということですね。
素敵な表現ですね。スワロフスキーの魅力は、ジュエリーの民主化のリーダーとしてのポジションにあります。アリアナを起用したホリデーキャンペーンのように、力強いメッセージは人々の胸を打ちます。アリアナを主役に、色とりどりの衣装が登場するミュージカルのようなキャンペーンを実現させたい、とアリアナ本人に伝えたときの彼女の嬉しそうな表情は一生忘れません。
―どうして私たちはキラキラするものに惹かれるのでしょう?
一説によると、その理由は生存と関わっているそうです。先史時代において、光は水と常に密接に結びつけられていました。キラキラ輝く水面は命の象徴だったのです。ですが、理由はそれだけではないと思います。キラキラしたものは、私たちの人生を明るくしてくれます。私は、そういうシンプルな考え方がとても好きです。日々スタッフにも言っているように、私たちはクリスタルという最高の素材を扱っているのです
Photographer FERRY VAN DER NAT
Creative Director and Interview SOPHIA NEOPHITOU
Model GEORGIA PALMER at Kate Moss Agency
Hair HIROSHI MATSUSHITA using ORIBE Hair Care
Make-up SHARON DOWSETT at Premier Hair and Make-up using M.A.C Cosmetics
Manicurist HAYLEY EVANS-SMITH at Saint Luke Artists using ANDREIA PROFESSIONAL
Digital operator NATHAN PERKINS
Photographer’s assistants CONNOR EGAN and GEORGE ROBSON
Fashion assistants GEORGIA EDWARDS and TOMMY DOWLING
Make-up assistant CRAIG HAMILTON
Production ZAC APOSTOLOU
Translator SHOKO NATORI
トップ画像のイヤーカフ ネックレス カフ「Vienna」(スワロフスキー・クリスタル×ルテニウム・プレーティング)/SWAROVSKI JEWELRY
ストーリー内のボディスーツ/WOLFORD