「私の人生には、典型的な一日というものはありません」と、数々のグローバルエージェンシーを擁するザ・インディペンデンツ・グループ(以下、インディペンデンツ)の共同創業者であるイザベル・シューヴェは言う。彼女はいまニューヨークにいて、ビデオ通話アプリを介して本誌のインタビューに応じているのだ。フランス生まれのシューヴェは、パリ、ミラノ、上海、さらにはニューヨークといった都市を股にかけながら、ラグジュアリーファッションとライフスタイルの分野で事業を展開する、800人以上のスタッフからなるグローバル・マーケティング&コミュニケーション・グループを指揮している。
「私にとってもっとも重要なことは、どんなに忙しくても、常にチームのメンバーが私と連絡を取れるようにしておくことです。私は毎日、何らかの形でチームと時間を過ごすようにしています。人が好きなんですよね。だからこそ、起業家になったのかもしれません。人だけでなく、人と一緒に成長することも好きです。私たちはみんな、こうして何かを学んでいくのではないでしょうか」
シューヴェのような人物の指揮のもとでインディペンデンツが急成長を遂げたことは、決して驚くべきことではない。彼女自身が経営するイベントや体験型コンテンツの企画制作会社「K2(カー・ドゥ)」と、コミュニケーションとデジタルマーケティング分野をリードする「Karla Otto(カーラ オットー)」が2017年に合併したことで生まれたインディペンデンツは、さまざまな専門分野を持つエージェンシーの集合体として機能している。各エージェンシーは、クリエイティブサービス、タレントコンサルティング、デジタル戦略、インフルエンサーマーケティング、ブランドエクスペリエンスに関する独自の知見を提供するだけでなく、クライアントと共に目標を達成するために協業しているのだ。この他にも、アレクサンドル・ドゥ・ベタック率いる国際的なイベント制作会社「Bureau Betak(ビューロー・ベタック)」、さらにはセリーヌ、バイレード、イザベル マランといったブランドのインフルエンサーマーケティング・プラットフォームを手がける「Lefty(レフティ)」、ドバイを拠点にPR、イベント、マーケティングを行う「The Qode(ザ・コード)」を傘下に抱え、ユニークなコラボレーションを展開している。
2024年1月にインディペンデンツは、ファッションの祭典「METガラ」を手がけるアメリカのエージェンシー「Prodject(プロジェクト)」を傘下に収めた。それによって3億3,000万ポンドの資金を得、事業開発と海外展開を加速させるいっぽうで、2025年までに事業規模を2倍にするという目標を掲げている。ハーバードビジネススクールの卒業生であるシューヴェは「起業家になることは、私の長年の夢だったような気がします」と語り、次のように続けた。「最初は、経済や政治といった分野の企業イベントからはじめました。最初の会社を立ち上げたのは夫のオリヴィエ(インディペンデンツの共同創業者)で、飲食店や小規模イベントを専門としていました。たとえば、カンヌ映画祭で華やかなパーティを開催してオーディエンスとコミュニケーションを取りたいと考えるブランドのためにイベントを企画していたのです」。それは2000年代前半のことだった。オンライン技術が急速に普及するにつれ、ふたりはヨーロッパ市場と東アジア市場との間にギャップがあることに着目し、イベントをベースとしたマーケティングという共通のビジョンを実現できると確信した。「家族と一緒に外国に拠点を移すことは、起業家として簡単なことではありません。それに当時は、ふたりの子どもたちもまだ小さかったので。それでも東京に行くことにしました。東京には——とりわけファッションとラグジュアリー、アート、カルチャー関連のブランドにとってまだまだ成長の余地があると思ったからです」
2002年にはK2を立ち上げた。「日本に次いで韓国に進出し、2004年には中国にも進出しました」とシューヴェは語る。それ以来、K2はベルルッティやカルティエ、ルイ・ヴィトン、ディオールといったさまざまなラグジュアリーブランドとパートナーシップを結んできた。ドイツの伝説的なPRとして知られるカーラ・オットーと出会ったのも、この頃だった。「中国のカーラのチームとは、いくつかのプロジェクトで一緒に仕事をしていました。そのときに、チームのみんなからカーラ本人に会いに行くべきだ言われました。私はミュンヘンに行き、カーラと一緒にランチをしました。会話はランチのあとも続き、後にインディペンデンツとなる会社のビジョンを説明しました。コミュニケーションのこの分野は、未だ未開拓でしたから。カーラは興味を示し、一緒に仕事をしようと言ってくれました。彼女は、誰かに先を越されることを何よりも嫌がるのです。あとは、皆様もご存知の通りです」
インディペンデンツの提案のユニークさは、ラグジュアリーブランドのコミュニケーションとマーケティングに携わるすべての人が共にプレーする機会を与えられることにある。ひとつのプロジェクトの中で競い合うのではなく、情報を与え合うのだ。「私たちはいま、地理的に見ても非常に興味深いグループになっています」とシューヴェは言う「私の記憶が正しければ、いまでは10カ国に約14のオフィスを構えています。クライアント独自のニーズを理解する必要があるため、地理を念頭に置くことは非常に重要です。私たちは、クライアントの拠点があるすべての場所で、地理的にも真の存在感を示したいと考えたのです。いまでは、世界中で800人近い専門家を抱えています。全員が協働することでシナジーが生まれるのです。私たちのようなコミュニケーショングループにとっての新しいエコシステムといえるでしょう」
これほど多様な”声”が混在する中で、インディペンデンツのようなグローバル・グループはいかに団結し、文化的状況が目まぐるしく変動する2020年代を乗り切ることができるのだろうか?「コロナ禍は大変でしたね」とシューヴェは言い、さらに続けた。「ですが、コロナ禍でもそうでなくても、毎朝目覚めたときに自問することはいつも同じ——もっとうまくやるにはどうするべきか? どのようにやり方を変えるべきか? などです。私たちは力を合わせればより強くなれます。だからこそ、個々のエージェンシーは喜んで私たちの仲間になってくれるのです。『インディペンデンツ』(独立した、自立した、という意味)というグループ名には、それぞれのエージェンシーがそのDNAを保ち続け、自らを成長させられるようにという想いが込められているのです。実際のところ、それぞれが相手のいいところを吸収しています。これこそが未来のコミュニケーションのあり方なのだと思っています」。さらにシューヴェは、さまざまな方法でストレスに対処している。「駆け出し時代の私がそうだったように、イベント業界にいるとどうしてもストレスを抱えがちで、そのたびに職を転々としていました」と、シューヴェは笑いながら言う。「ですが、年を重ね、経験を積めば積むほど、一歩下がって慎重に考えてから行動したり対応したりすることを学ぶおかげで、ストレスは少なくなると思います。決して悲観的にならないことも大切です。成長には、前向きな励ましの言葉が必要です。私たちは、問題があれば、一緒に解決策を見つけます」
シューヴェは、仕事をはじめたばかりの人、とりわけファッション・コミュニケーションの分野で起業を考えている女性たちにこのように助言する。「ためらわず、率直であること——私は長い間、コミュニケーションに携わる人たちは、クライアントに対して率直ではなかったと思っています。いまの時代は、クライアントを励まし、より高みを目指すことが必要です。それは、クライアントが私たちに期待していることなのですから。失敗してもくじけず、ときには頑固であることも大切です」。さらにシューヴェは、最初から細部にこだわることが最高の仕事を提供するためのカギであると信じている。「いまの時代において、これはかつてないほど重要だと思います。インディペンデンツは細部にこだわり、そうしたマインドを持つことで、オーダーメイドの体験を創出しています。世界で仕事をするには、世界のどの場所にいるのかをはじめ、現地のことを深く理解していることも重要です。異文化を尊重し、その文化が何を期待しているのかを理解しなければなりません」
Photography by Benoit Peverelli この記事は、10+マガジン 6号「VISIONARY, WOMEN, REVOLUTION」からの抜粋です。