写真家のヴァニナ・ソレンティによるポートレート撮影の極意


Shoko Natori

写真家のヴァニナ・ソレンティ(Vanina Sorrenti)は、「THE FEMININE PRINCIPLE」と題した作品を手がけるにあたってクリエイターの友人や過去のモチーフ、さらには1990年代に初めてカメラに収めた女性たちを再訪した。今回のインタビューでは、長年のコラボレーターでもある本誌のグローバル編集長ソフィア・ネオフィトウ・アポストロウ(Sophia Neophitou-Apostolou)に親密なこのプロジェクトの舞台裏とポートレート撮影の極意について語ってくれた。

ソフィア・ネオフィトウ・アポストロウ(以下、アポストロウ):本作はポートレートがメインだと伺っています。今回のコンセプトやモデルになった女性たちとの関係について聞かせてください。

ヴァニナ・ソレンティ(以下、ソレンティ):このプロジェクトは、私が共に成長した女性たち、それも写真家としての道を歩みはじめたばかりの頃に撮影した女性たちのポートレートをもう一度撮りたいというアイデアからはじまりました。あの頃の私たちは若くて、ニューヨークやパリ、ロンドンなどで活動していました。いまでは母親として、そしてキャリアウーマンとして活躍する彼女たちを再度撮影したいと思ったのです。思い返してみると、あの頃の私たちはまだ駆け出しで、必死に夢を追いかけていました。

映画プロデューサーのクー・リン・ヤーマン(Ku-Ling Yurman)とルル・ヤーマン(右)クー・リンのトップス/RE/DONE スカート/シャネル シューズ/エルメス

アポストロウ:お子さんと一緒に写真に収まっている方もいますね。何かねらいはあったのでしょうか?

ソレンティ:アーティストとその人が属しているコミュニティを包括的に描きたかったのです。私たちが相互に関係し合っていることや、クリエイティブ面で刺激し合っていること、そして自分たちの技と独創性を次の世代に引き継いでいる姿を表現したいと思いました。友人たちを自宅やスタジオといったプライベートな空間の中で、アート作品やお子さんたちと一緒に撮影するのは素晴らしい経験でした。私たちのコミュニティは、ありとあらゆる仕事を経験してきた人たちが集まる最高の場所です。なかには、ひとつの仕事から出発し、気づくと別の仕事をするようになっていた人もいます。時の流れがもたらした成長を目の当たりにするのはとても感動的です。人生は試練に満ちていますが、それでも私たちはこうして存在し、共に作品をつくっています。私たちはひとつのコミュニティ、あるいは“部族”として、ますます親密でパワフルに、そして美しくなっていくのです。そうしたことを表現したいと思いました。

写真家のヴァレリー・サドゥン(Valerie Sadoun)オールインワン/RALPH LAUREN

アポストロウ:女性たちをプライベートな空間で撮影した理由は?

ソレンティ:私たちを取り巻く環境は私たちの人となりを物語っている、と言うように、彼女たちを自宅やワークスペースで撮影することで、親密なポートレートを撮影したかったのです。

アポストロウ:撮影に同席させていただき、ひとりひとりの被写体が放つエネルギーに感銘を受けました。それぞれが写真に違ったダイナミクスをもたらしていると思ったのですが、そうしたエネルギーを引き出す秘訣は?

ソレンティ:なによりもまず、被写体がその日はどんな一日を過ごしているのか、撮影される瞬間にどんなことを感じているのかを考えなければいけません。良い瞬間にシャッターを切れることもあれば、そうでないときもあります。現場の雰囲気にかかわらず、被写体と心を通わせて、ひとつの儀式として力を合わせる必要があるのです。教育支援活動に従事する女友達のスージー(・ロペス)には、「あなたが仕事をするところを初めて見た!」と言われました。彼女を撮影するのは、あのときが初めてでしたから。「私たちをリラックスさせて、心地よい状態で撮影に臨ませてくれる手法は見事ね。あなたの声を聞いていると気持ちが鎮まり、癒やされていくような気がする。あなたのトランス状態というか、被写体との結びつきやダンスのような感覚は、そこから生まれるのね」とスージーは言ってくれました。私は、写真のそういうところが大好きなんです。被写体との間に絆が生まれることで撮影はセッションとなり、“儀式”となるのです。カメラは、相手とつながるための媒体なんです。撮影には、瞑想に通じるものがあると思います。

(左から)愛犬グイド、スティーヴィー・シムズ(Stevie Sims)、アーティストのルエラ・バートリー、愛犬プリンス、ネッド・シムズ(Ned Sims)ルエラのジーンズ/SAINT LAURENT BY ANTHONY VACCARELLO

スティーヴィー・シムズ(左)とネッド・シムズ(右)

アポストロウ:ダンスの例えはとても素敵ですね。実際に撮影中は、ある人とは素早いステップを踏んだり、別の人とはワルツを踊ったりしていた印象です。

ソレンティ:おっしゃる通りで、ロックな人もいればジャズっぽい人、フォークな雰囲気の人もいましたね。

アポストロウ:ポートレート撮影とファッション撮影——好きなのはどちらでしょうか? 

ソレンティ:断言できるのは、私はポートレート・フォトグラファーだということです。私は演劇と映画、そして絵画の影響を受けていて、そのうえ劇文学を学んでいます。そのため、常に登場人物の個性や人格形成に関心を抱いてきました。ですから、写真家として活動するようになってからも、そうしたものを表現したいと思っていました。私にとって写真を撮ることは、人々の姿を記録することなんです。父が画家だということもあり、幼い頃から古典絵画の影響を強く受けてきました。写真の世界を掘り下げていくうちに、ポートレート、絵画、ファッション、写真がひとつにつながったのです。何度も言いますが、すべては相互に関係し合っていますから。どちらかと言うとポートレート撮影に惹かれるのは、被写体とつながることを目的に写真を撮るからです。だからといって、ファッション撮影が嫌いだというわけではありません……むしろ、ファッション撮影は大好きです。単純に、ポートレートのほうに興味があるだけなのです。

(上から時計回り)イェレナ・ヤムチュック(Yelena Yemchuk)、サーシャ・モス、ミラベル・モス、愛猫ソニー

アーティストのイェレナ・ヤムチュック すべてULLA JOHNSON

アポストロウ:ソレンティさんの写真からは親密な雰囲気が感じられます。どのようにして、そうした雰囲気を醸成しているのでしょう?

ソレンティ:現場では被写体と私がふたりきりのことが多く、スタッフも少人数です。そうしたことが親密な雰囲気をつくっているのかもしれません。今回撮影した写真のほとんどは、私が撮影し、パソコンで編集したものです。あれこれ手を加えたくなかったので。被写体のありのままの姿を——リアルで被写体が誰なのかがわかるような方法で撮影するのは楽しいですね。同時に、現実に潜むファンタジーを見つけるプロセスも好きです。被写体の人生を再現して記録することは、演劇にも通じるものがあると思っています。それが写真の醍醐味なんです。

アポストロウ:みなさん、とても美しいですね。ソレンティさんご自身は、どのように“美”を解釈・表現しているのでしょうか?

ソレンティ:私にとっての“美”は……手放すことですね。何かを手放すことによる脆さというか、寛大で穏やかな強さにずっと惹かれてきました。巷には、パワフルで無敵に見える有名人の彫刻や写真があふれていますが、そうしたイメージがその人のすべてではありません。もうダメだと膝をつき、そこから奇跡的に復活するように、これまで乗り越えてきたすべての壁がその人を形成しているのです。ストイックで強くて反抗的な人よりも、脆さを見せる状況下で自然体でいられる人のほうが強いと思います。

(左から)デザイナーのベラ・フロイド(Bella Freud)とジミー・フォックス(Jimmy Fox)ベラ すべてBELLA FREUD

ジミー・フォックス

アポストロウ:被写体の中には撮影されることに照れ臭さを感じた人もいたと思います。そのようなときの対策法は?

ソレンティ:撮影には、気まずさのようなものが常につきまといます。でも、それもまた撮影の楽しさなのではないでしょうか。個人的には、被写体が完璧にポージングしているときよりも、少しモジモジしているときのほうが興味をそそられます。緊張してつま先を丸めてしまったり、不自然な位置に手を置いたりなど、緊張からくるそうした反応が昔から好きです。最初は居心地が悪いと感じるのは自然なことですが、撮影が終わる頃には自分なりの心地よいゾーンを見つけられるものです。編集するときは、被写体が緊張している写真とそうでない写真のどちらかを選ばなければいけません。でも、最終的には被写体と自分、周りの環境、そして環境と自分の絆からシンクロニシティが生まれることを願っています。私は、これらの相互関係を描くためにシャッターを切るのですから。

10 Magazine 71号「FASHION, ICON, DEVOTEE」掲載記事

(左から)ジュエリーデザイナーのタラ・ターナー(Tara Turner)、ゼイド・トゥアイマ(Zade Tuaima)、ダリア・トゥアイマ(Dalia Tuaima)、愛犬ハービー タラのドレス/SAINT LAURENT BY ANTHONY VACCARELLO

ゼイド・トゥアイマ

(左から)教育支援活動家のスージー・ロペス(Susie Lopez)とアーラ・ロペス(Ara Lopez)スージーのドレス/ヴィンテージ

アーラ・ロペス

(左から)アーティストで大学教授のスーザン・チャンチオロ(Susan Cianciolo)とライラック・スカイ・チャンチオロ。スーザンのベスト スカート カーディガン/RUN COLLECTION パンツ/ECKHAUS LATTA

(左から)ガブリエル・ホッティンガー(Gabriel Hottinger)、アーティストのセルヴェーヌ・メアリー(Servane Mary,)、ジュリアン・マルトス・セルヴェーヌ(Julian Martos Servane)すべてALEXANDER MCQUEEN

CEO、クリエイティブディレクター、デザイナーのセレナ・リースMBE(Serena Rees )オールインワン/VIVIENNE WESTWOOD ネックレス/セリーヌ

映画監督兼映像クリエイターのシャノン・プラム(Shannon Plumb)ドレス/PRADA

モデルで活動家のコーラ・カレ(Cora Corré)パンツ/ANDREAS KRONTHALER FOR VIVIENNE WESTWOOD AW23

THE FEMININE PRINCIPLE

Photographer VANINA SORRENTI
Fashion Editor SOPHIA NEOPHITOU
Fashion co-ordinator GARTH ALLDAY SPENCER
Digital assistants ROBERT SELF, ANDREW LAWRENCE, KOTARO KAWASHIMA
Fashion assistant GEORGIA EDWARDS
Production ZAC APOSTOLOU

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