ユルゲン・テラーが撮り下ろす、理想の音楽とヴィジョンを追い求めるアーティスト、メアリー・コマサ


Shoko Natori

リスナーの心に響くソングライティングと想像力をかき立てる映画音楽の第一人者としてその名を世界に知られるメアリー・コマサ。作曲家としても、シンガーとしても、演奏家としても引く手あまたの存在である彼女にとって、音楽とは?

コート/DIOR

歌詞や曲であれ、映画音楽であれ、音楽は普遍的な真実を伝えるためのツール──人々の心に触れ、人間という存在を讃えるためのツールだとコマサは言う。「いかにしてオーディエンスの感情をかき立て、彼らとつながれたかどうか」を基準に彼女は自身の成功を判断している。

そのためには、自身の奥深くへと潜り込まなければならない。そういう意味でも、自分をさらけ出すことは不可欠だ。「いちばんやりがいを感じるのは、表現しようとしていた感情が誰かに伝わった、と感じられたとき──他人の脆弱な部分に触れられた、という手応えを感じたときです」とコマサは話す。

SIMONE ROCHA

コマサの音楽家としての歩みは、ポーランドで始まった。幼い頃からクラシック音楽の訓練を受けていた彼女は、当時を振り返って「息苦しかった」と語る。「クラシック音楽の授業はいつもコルセットのように窮屈で、息の詰まるような環境でした」とコマサは話す。共産主義政権下のポーランドで育った彼女に、両親は「アートは自由の聖域」という信念を植え付けた。

最新作『Sister』でコマサは、人間同士のつながり、脆さ、内省といったテーマを掘り下げている。同作のリードシングルでもある「Sister」は、妹ゾフィアとのエモーショナルな電話を機に生まれた楽曲だ。当時、ふたりはパンデミックによる孤独感と闘っていた。「妹を抱きしめてあげたかったのですが、その後もずっと会うことができませんでした」とコマサは振り返る。自分が無力だと感じた彼女は、音楽に救いを求めた。それからまもなくして、音楽が溢れ出てきた。それは、妹を抱きしめたいという切実な気持ちだった。

コート/CHLOÉ

曲を妹に送ると、「姉さんは私が傷ついていることに気づいて、抱きしめてくれたのね」と、心のこもった感想が返ってきた。妹に捧げた曲は、いつしか普遍的なアンセムへと進化していった。時間とともに「Sister」はコマサの友人たちの共感を誘うまでになった。このときコマサは、妹のために書いたと思っていた曲が実は自分のために書いていたことに気づく。こうして「Sister」のコンセプトは、つながりを描いたパワフルなメッセージの象徴となった。

ジャンルに縛られないアーティストとして成功したコマサは、ここまでの自分の歩みに満足している。その一方で、それは楽な道ではなかったと語る。「レコードレーベルに何度も『ジャンルは何ですか?』と訊かれました。私の音楽は何かのジャンルとして定義できるものではありませんし、そもそも定義されたいとも思いません」。そんなコマサが想いを伝えるには、ひとつの媒体(表現手段)だけでは不十分だという。

「媒体がひとつでは不十分だと理解しているアーティストたちこそが、私にとっての表現手段であり、私の成長の源なのです」

ニット シャツ ベルト付きスカート/PRADA

確かにコマサは、さまざまなジャンルで活躍するマルチプレーヤーかもしれない。その一方で、彼女はクリエイティブなコラボレーターでもある。なかでも重要なパートナーのひとりが夫のアントニ・ワザルキェヴィッチだ。ふたりは『ソハの地下水道』(2011年)や『ポコット動物たちの復讐』(2017年)、『赤い闇スターリンの冷たい大地で』(2019年)といったポーランドの巨匠アニエスカ・ホランド監督の作品をはじめ、ユリア・フォン・ハインツ監督の『Treasure(原題)』(2024年)の映画音楽を共同制作した。『Treasure』は、第74回ベルリン国際映画祭のベルリナーレ・スペシャルガラで上演された。

コマサと夫ワザルキェヴィッチとの共作は、緊張感と相互成長とのダイナミックな戯れによって定義づけられることが多い。コマサ曰く、「夫は、私が使わないようなボキャブラリーを作品に持ち込み、私は夫にはないようなエネルギーを持ち込みます。アイデアやダイナミクスという点ではまったく違いますが、夫とのコラボレーションのそういうところが大好きです。それは、常に新しい世界を発見するようなプロセスなのです」。さらに彼女は、エゴや意見の不一致を恐れていない。「自分のアイデアのほうがいいと思ったら、まずは試してみます。何よりも大切なのは、そのプロジェクトには何がふさわしいのか、なのですから」とコマサは話す。

ドレス/POLO RALPH LAUREN

映画音楽の制作や歌手としての活動のほかに、コマサはファッション界とも深く関わっている。世界屈指のフォトグラファーのひとりであるユルゲン・テラーとのコラボレーションはそのひとつだ。アートとファッション写真の限界を押し広げてきたことで知られるテラーは、ふたりのクリエイティブなパートナーシップに独特のエネルギーを吹き込む。ふたりはロエベやフェラガモといったラグジュアリーブランドのプロジェクトを共に手がけてきた。

そんなふたりのコラボレーションには、常にユーモアの要素が健在だ。それはファッションとアートに対する、ダイナミックで革新的なふたりのアプローチを強調する〝遊び〞の要素でもある。「私たちは、まずユーモアからスタートします」とコマサは認める。「ユルゲンの作品は素晴らしくウィットに富んでいて、音楽を作っている間も私を導いてくれます」。ふたりが分かち合う感受性は、すぐに実験のための遊び場となる。

「いつもユルゲンは『とびきりぶっ飛んだアイデアがひらめいたら、まずは試してみること。それがスタート地点なんだ』と言っています」。コマサは、テラーの熱意に感化されたときのことを「ユルゲンに励まされて、私の中の何かが解き放たれました。おかげで、自分が持っていることさえ知らなかった〝声〞を見つけることができました」と語った。

パンツ/GUESS

仕事仲間としてのテラーとの関係がこれほどまでに特別な理由は? という質問に対し、コマサは「仮面を被る必要がないから」と答えた。「私がクリエイティブな関係性に望むのは、まさにこれなのです。オープンになってはじめて魔法が生まれるのです」

コマサは、このたび臨んだ本誌の写真撮影を「まさに発見そのもの」と表現した。テラーとの間に生まれるクリエイティブなシナジーについては「私のヴィジョンと私が創造したかった人生を心から理解してくれるアーティストやコラボレーターを見つけなければいけないことは分かっています。だからこそ、ユルゲンのような人との仕事は本当に意味があるのです。ユルゲンは、私がアートから何を求めているかを見抜き、理解してくれます」

そんなコマサは、はやくも次のプロジェクトを終えたばかりだ。先日、ホランドが監督兼共同プロデューサーを務めたフランツ・カフカの伝記映画『Franz(原題)』がクランクアップを迎えた。「この映画の音楽を作ることは、本質的にカフカ自身とつながることでもありました」とコマサは語る。

「私にとってカフカのエネルギーは、常に若々しくてカオスでカリスマ的なものでした。カフカの作品は、とても生き生きしています。10代の頃に彼の作品を読んだとき『こういう人とクラブに行けたらいいのに』と思ってしまいました。その反骨精神と狂気には、人を引き寄せる魅力があります」。そう言いながら、カフカの独創的なカオスをショパンのような枠にはまらない因習打破的なアーティストのレガシーになぞらえた。

Tシャツ/LOEWE

音楽を通してカフカの本質に命を吹き込むべく、コマサと彼女のチームは型破りなムードボード作りに着手した。カフカの素朴で強いエネルギーを捉えるため、時代を超えて愛されるアイコンにインスピレーションを求めたのだ。「カート・コバーンやナン・ゴールディンといったアーティストの名前を書き込みました」とコマサは話す。そうして完成した楽曲は、即興と緻密なデザインの融合だった。コマサはこれを「狂気をひもとくためのロジック」と呼ぶ。

このプロセスも、茨の道だった。長年のコラボレーターであるホランド監督さえもが不安になることがあったという。「監督に『音楽を作っているの? それとも、ただブレインストーミングしているの?』と訊かれました」とコマサは笑う。「そう言われるたびに『大丈夫! このプロセスを信じてください!』と返していました」

Franz』の映画音楽は、ニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのドラマーのトーマス・ワイドラーや音楽プロデューサーのヴィクター・ヴァン・ヴュット、グラスハーモニカ奏者のトマ・ブロッホといった素晴らしい音楽家たちのサポートによって完成した。それはパワフルで一度聴いたら忘れられない、カフカのスピリットにぴったりの作品だ。『Franz』が世界中の映画祭を回るなか、コマサは「私たちが成し遂げたことに誇りを感じています。オーディエンスの皆さまに体感していただくのが待ち遠しいです」と興奮をあらわにした。

Photographer JUERGEN TELLER
Creative Partner DOVILE DRIZYTE
Fashion Editor VERONIKA HEILBRUNNER
Talent MARY KOMASA
Text GIULIO POLVERIGIANI

1st Photo assistant FELIPE CHAVEZ
Postproduction LOUWRE ERASMUS Erasmus at Quickfix
Producer JOELLE FLACKE at Westend Berlin
Executive producer NICOLAS SCHWAIGER at Westend Berlin
Special thanks to Next Models
Translator SHOKO NATORI

ストーリー内のジュエリー/アーティスト私物

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