優れた職人の技術と選びぬかれた素材で、万年筆という最高峰の筆記具を生み出してきたモンブラン。書くという日常を特別なものにしてくれているが、そのクラフツマンシップを結集させた「ハイアーティストリーコレクション」を年に一度発表している。これまでは一般に公開されてこなかった芸術作品と呼ぶべき傑作を、今回は特別に『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号で披露してくれた。
2026年のハイアーティストリーコレクションのテーマはジャパン。枯山水の美を表現した世界で1本のみの最高峰「リミテッド エディション 1」は、枯山水にインスピレーションを得て日本庭園を表現し、自然が織りなす普遍的な美と調和を描いている。ピンクサファイアとダイヤモンドを贅沢にあしらい、ブラックオニキスで桜を象るなど緻密な職人仕事に彩られており、唯一無二のジュエリーのような芸術作品だ。キャップトップには5ctのダイヤモンドが輝き、ヴァン クリーフ&アーペルの熟練職人によるエナメル装飾などの緻密な宝飾技法が施され、一幅の絵巻を眺めるような壮大さ。繁栄と幸福の象徴である蛙と鯉が泳ぎ、長寿と力強さを意味するホワイトゴールドの雉がたたずむなど随所に物語が感じられる傑作。
雉(きじ)が、静かに佇んでいた。
キャップに留まるその姿は、今にも羽ばたきそうなほど精緻で、羽根の一枚一枚にまで職人の手の痕跡が宿る。日本では古くから吉兆や守護の象徴として親しまれてきた雉をはじめ、桜、紅葉、鯉、蛙といったモチーフが、一本の万年筆の上に繊細に息づいている。
世界にたったひとつ。価格は3億円を超える。だが、モンブランの「ハイアーティストリー(High Artistry)」コレクションを前にした時、人が最初に圧倒されるのは、その値段ではない。そこにある驚くほど濃密な“物語”だ。
見事な亀甲文様パターンを纏った「リミテッド エディション 333」は、水中をのぞき込むような美しいブルーが印象的。亀甲モチーフの奥に見え隠れする鯉はまるで泳いでいるかのような躍動感があり、幸運の象徴といわれるのも頷ける存在感。キャップには、勇気や勝利のシンボルとして武具にもよく用いられる蜻蛉(とんぼ)のモチーフがあしらわれ、力強さや崇高さをリスペクトするモンブランの精神がうかがえる。胴軸に咲き誇るのは、瞑想的な調和を感じさせるソリッドゴールドの菊。精緻な吉祥のシンボルを随所にちりばめた、日本文化への造形の深さと妥協なき職人技に圧倒される一本。
京都、パリ、ジュネーブ。世界各地の卓越した職人たちが技法を持ち寄り、蒔絵、漆、彫金、宝飾、エングレービングなど20以上の技巧が、一本の万年筆という限られたフォルムの中に込められている。
今回、日本文化に着想を得た「ハイアーティストリー」コレクションの背景にあったのは、“日本らしさ”の表層ではなく、その奥にある思想だった。「私たちは日本文化から常にインスピレーションを受けてきました。特に日本には、豊かな筆記文化とクラフツマンシップ、そして伝統があります」。そう語るのは、「ハイアーティストリー」を統括するアレクサ・シルツだ。
朱の鳥居が連なる伏見稲荷大社の世界観を凝縮させ、文化遺産への敬意を込めた「リミテッド エディション 1994 コフレ」。日本人なら誰しもが平和や幸運をイメージする鶴の装飾が施され、美しいノートとインクも含まれるこのエディションは世界で1994点限定。この数字は「古都京都の文化財」がユネスコの世界遺産として登録された年からとられており、伝統をリスペクトし伝えていくモンブランの姿勢がうかがえる。鮮やかな朱色は鳥居の漆がインスピレーション源になっており、生命力や守護を表す象徴としてペン軸やインクにも採用されたそう。ゴールドコーティングのペン先にも繊細な桜の装飾を施すなど、モンブランの職人のこだわりと技術が隅々まで感じられるコフレ。
一方、モンブランのアーティスティックディレクター、マルコ・トマセッタにとって、日本への憧れはもっと個人的なところから始まっている。「私は幼い頃から日本に強い憧れを抱いてきました。日本には、美しさを極限まで削ぎ落とし、凝縮する感覚があるからです。私はイタリアで育ちましたが、イタリアはすべてがバロックでドラマティック。一方で、日本の持つ静けさや研ぎ澄まされた美に強く惹かれてきました」。
彼はさらに、日本とイタリアを結ぶ共通点として“職人技”を挙げる。「長い伝統と、手を使いながら積み重ねられてきた深い仕事の文化です。私にとって、日本とイタリアはその部分でとても近い存在なのです」
「リミテッド エディション 10」での美しい金閣寺の描写を叶えたのは、日本が世界に誇る伝統的な蒔絵技術。半透明の漆を重ね、金粉を蒔き、研磨を繰り返して生まれた深みと輝きに強さを添えるのは、キャップリングに表現された蜻蛉のモチーフ。さらに、キャップと胴軸に描かれた金閣寺の傍らには、ゴールドとダイヤモンドを施した翡翠のリングをセット。首軸には平和や繁栄のシンボルである想像上の霊鳥・鳳凰が描かれ、モンブランのエンブレムにはこっくりと深く美しいメノウを使うなど随所に贅沢な装飾が。洋の東西のクラフツマンシップが出会い、互いにリスペクトし合う中で生まれた名品だ。
今回のコレクションでは、建築と自然の共存、動植物に託された象徴性、細部に意味を宿す感性など、日本文化の奥行きが幾重にも織り込まれている。「私たちは万年筆の中に“小さな物語”を隠すことが好きなのです」とシルツは言う。
「日本文化には、まさにそうした意味づけの美学があります。神聖な動物たちが持つ象徴性を作品に取り入れながら、物語を紡いでいく。それが今回の大きな着想源でした」。だが、モンブランはなぜここまで意味を宿した筆記具を作り続けるのだろうか。その問いに対し、シルツは「お客様の視点で言えば、小さいけれど非常に豊かなオブジェだから」と答える。
「まず視覚的な美しさがあります。そして読み解き方を知っていれば、そこには無数の物語が隠れている。まるで本のような存在です」。さらにこう続ける。「顧客はよく『語ることのできるアートを持ち歩いている』とおっしゃいます。それは単なる所有ではなく、会話のきっかけなのです」
モンブランのクラフツマンシップを紐解くストーリーの続きは、『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号をぜひチェックして!
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Photographer NAOHIRO TSUKADA
Text SAORI MASUDA
Sittings editor SATOKO TAKAMIZAWA
Set designer MASAYO KOORIYAMA
Photographer’s assistant LINO EMMEI




