世界的な映像プロダクションとして知られるディビジョン(DIVISION)は侮れない存在だ。最高経営責任者(CEO)のアルノ・モリアとマネージングディレクターのジュール・ド・シャトルーが2010年に設立したこのプロダクションは、業界屈指の人気を誇るフィルムメーカー、フォトグラファー、クリエイティブ・ディレクターを数多く抱えている。ガブリエル・モーゼスやカミーユ・サマーズ=ヴァリ、ジョーダン・ヘミングウェイといったそうそうたる面々が、このプロダクションの名前の由来でもある、業界に革新的な変化を起こすための鋭い感覚を体現しているのだ。
パリに最初のオフィスを開設し、その後ロサンゼルスとシドニーに拠点を拡大したディビジョンは、その特長ともいうべき大胆で率直なプロダクションスタイルを世界の隅々にまで浸透させようとしている。設立以来、業界を牽引する存在としての地位を確立するためにあらゆる努力を惜しまなかった。その結果、昨年にはオーストラリアのライターズ&アートディレクターズ協会が主催する「The Australasian Writers and Art Directors Awards」のトップ5にランクインした。2014年から2023年にかけては、ロンドンに拠点を置く非営利団体D&ADより、5回にわたって「Production House of the Year」に選出されている。
ネームドロッピングという行為は、必ずしもスタイリッシュとは言えないかもしれない。だが、ディヴィジョンのクライアントの豪華な顔ぶれを紹介しないわけにはいかない。エイサップ・ロッキー(A$AP Rock)やファレル・ウィリアムス、スヌープ・ドッグといったアーティストたちが凝りに凝ったミュージックビデオ(MV)制作を一任したいっぽう、ミュグレー(MUGLER)とバルマン(BALMAIN)はディヴィジョンに魅惑的なランウェイショー映像の制作を依頼したのだ。ディヴィジョンにとってミュグレーのAW23コレクションのための映像制作は初めての経験であったにもかかわらず、その映像は業界全体に電光石火の速さで波紋を広げ、それまで必ずしも認識されていなかったファッションビデオグラフィーの力を見せつけた。このたび10マガジンは、ディヴィジョンのマネージングディレクターのジュール・ド・シャトルーとファッション&ラグジュアリー部門のマネージングディレクターを務めるグウェンドリン・ヴィクトリアにインタビューを行い、大ヒット作10本とそのクリエイティブなプロセスについて語ってもらった。ベラ・クープマン
ファレル・ウィリアムス「CASH IN CASH OUT」− ディレクター:フランソワ・ルスレ
ジュール・ド・シャトルー(以下・ド・シャトルー):2020年3月に、ファレル(・ウィリアムス)の曲を聴くためにロサンゼルスのスタジオに入りました。新型コロナの影響で、フルポストプロダクションの一部を行うことになっていたのです。機材やクルーたちと一緒に撮影現場にいられないことはわかっていましたから、何らかの方法でフルポストプロダクションを行う方法を模索していたのです。フルポストプロダクションと3Dというアイデアは、こうした事情から生まれました。
曲の冒頭とサビでは、「Cash in, Cash out, Cash in, Cash out」という、一度聴いたら忘れられないフレーズが流れます。それがループになってリピートされているのです。そこで私たちは観覧車のアイデアを思いつき、それがポストプロダクションの際に生まれたスイッチボードのアイデアにつながりました。2020年3月に制作を開始し、2022年6月にリリースしたので、制作には2年かかりました。時間があったからこそ、これだけ完成度の高い映像ができたのだと思います。作業を3カ月間中断することもあれば、1週間かけてコラージュを修正したり、3Dを修正したり、アニメーションを修正したり、細部を見直したりすることもありました。この映像が観る人に素朴な印象を与えるのは、こうした努力があったからだと思います。立ち止まって「一年かかるかもしれないけれど、いいものを作ろう」とした結果なのです。実際、ファレルと彼のチームはそうしました。時間をかけて臨んでくれたのです。私たちは彼らのこうしたアプローチを常に支援してきましたし、彼らも私たちをサポートしてくれました。
ミュグレー AW23 − ディレクター:トルソー
グウェンドリン・ヴィクトリア(以下、ヴィクトリア):このプロジェクトは私たちにとって初めての経験でしたが、まさにミュグレーとの二人三脚のようなプロセスでした。彼らはプロダクションとポストプロダクションの重要性を理解していましたから、私たちはそこに徹底して関わるようにしました。ブランドのクリエイティブディレクターであるケーシー・カドワラダーは、デザインをしているときは、服をどのように見せたいかという明確なビジョンをいつも持っています。撮影期間は2日だけだったので目まぐるしかったですが、誰もが興奮していました。撮影現場全体がものすごいエネルギーに包まれていたのを覚えています。
ロザリア – ブランド:コカ・コーラ・クリエーションズ – ディレクター:ダニエル・サンウォールド
ド・シャトルー:ロザリアとはよく仕事をします。「Bagdad」のMVやヴァランタン・プティ監督が手がけた「Saoko」のMVなどがそうですね。コカ・コーラ・クリエーションズとのコラボレーションが決まったとき、ロザリアはダニエル・サンウォールドを監督に迎えて私たちと仕事をしたいと言ってくれました。そこでまず私たちは全体のコンセプトを考え、ロサンゼルスで撮影をしました。コカ・コーラのCMでこれほど自由な発想ができたのは最高の経験でした。私たちの普段のアプローチとは違ったのですが、ロザリアがいたのでゴーサインを出しました。コカ・コーラのCMのようでありながら、ロザリアのMVのようでもある作品に仕上がったと思っています。
エイサップ・ファーグ FT.ファレル・ウィリアムス、ザ・ネプチューンズ「グリーン・ジュース(ディレクターズカット版)」 − ディレクター:ヴァランタン・プティ
ド・シャトルー:この作品に関しては、まずはヴァランタンに哀悼の意を示さなければいけません。ヴァランタンは2023年5月に飛行機事故で惜しくも世を去ったのです。ヴァランタンは、私がこれまで出会ったなかでも、もっとも”異端な”監督でした。この作品もコロナ禍に作られたもので、完全にリモートで行い、パリからスクリーンを介してすべてをディレクションしなければなりませんでした。MVはすべてパリで監督・制作されました。エイサップ・ファーグ(A$AP Ferg)との2回目のコラボレーションで、どこまでできるかチャレンジしようということになったのです。スキャニングドローンや3Dスキャナー、フォトグラメトリといった技術をすべて駆使しました。もちろん、こうした技術を使った映像制作の問題点は、それが少し料理のレシピのように感じられることなのですが、ヴァランタンは有機的なものにするためにさまざまな要素を取り入れました。おかげで、画面を通してパリのエネルギーを伝えることができました。ヴァランタンは、近年のポップミュージックビデオのなかでももっとも象徴的な作品を作り上げたのではないでしょうか。
ファレル・コレクション − ブランド:シャネル – ディレクター:フルール・フォルチュネ
ド・シャトルー:正直なところ、シャネルとの仕事は自由そのものでした。このコレクションを手がけるにあたってファレルは、日本のクチュールをパリに持ち込みたいと考えていました。それ自体がすでに壮大なアイデアで、私たちはそれを具現化したまでです。パリで1日、城で1日、と計2日間で撮影したので、8分間の映像作品にするのに苦労しました。大変でしたね。でもファレルは素晴らしいアーティストであるだけでなく、協力的で、私たちがやりたいことを何でもやるように促してくれました。自由を与えてくれたのです。2日間で8、9分、それもこのクオリティの映像を作るのは大変でしたが、典型的なCMではないので、「とにかくやってみよう!」という思いでがんばりました。ファレルはこの作品を、シャネルが出資したクリエイティブなコラボレーションであると言いました。彼は2015年からディヴィジョンのファンで、私たちをフォローしてはサポートし、撮影を依頼してくれます。インタビューでも私たちに言及してくれるんです。ほとんどの人はプロダクションについては触れないので、珍しいですよね。ファレルは、いつも愛情にあふれているんです。
「BELIEVE IN TIME(ディレクターズカット版)」– ブランド:ルイ13世コニャック×ソランジュ・ノウルズ − ディレクター:マティ・ディオプ
ド・シャトルー:ソランジュとマティ・ディオプとのこのコラボレーションは、本当に楽しかったです。マティはフランス系セネガル人の映画監督で、長編映画『Atlantiques(原題)』でカンヌ国際映画祭グランプリを受賞しています。素晴らしい監督ですが、CMはあまり手がけておらず、それはソランジュも同じでした。このプロジェクトのためにソランジュは曲を作り、マティは脚本を書きました。映像づくりに関しては、ふたりともエージェンシーとクライアントの両方から完全な自由を与えられていました。私たちは、それが時間通りに、適切な金額で作られることをチェックするためにそこにいたようなものです。
バルマン・ショー (7分30秒)– ディレクター:ヴァランタン・プティ
ヴィクトリア :この作品は、飛行機を舞台に撮影されたものです。これもまた、コロナ禍に制作された作品ですね。バルマンのルックは、全部で40はあったでしょうか。とにかく撮影するルックが多いうえに、警備が厳重な空港での撮影だったので苦労しました。2週間前に全員のパスポートを提出しなければなりませんでした。でも、最高の作品に仕上がりました。ヴァランタンが手がけた作品は、私たちにとってどれも良い思い出です。
「NO MATTER HOW LONG THE NIGHT IS」– ブランド:サンローラン – ディレクター:ナタリー・カンギレム
ヴィクトリア:この作品は、私たちが初めて手がけたファッションビデオだったので、とても興味深かったです。通常は、このような場所での撮影は行えないのですが、新型コロナが収束に向かっていた頃ということもあり、許可が下りました。コロナ禍ということもあって、多くのブランドが映像作品をリリースする必要性に迫られていたのですが、ブランド側は必ずしもそうしたことに慣れていませんでした。ですから、ソランジュのようなシンガーソングライターやファッションブランドと一緒に仕事をしながら、フィルムに関して両者のスタイルを発展させる方法を見つけることができました。本当に良い経験でした。
アヴァランチーズ「FRANKIE SINATRA」– ディレクター:フルール・フォルチュネ
ド・シャトルー:この作品を撮影していた1週間は、本当に奇妙な1週間でした。ちょうどこの週にディヴィジョンのディレクターがパリで亡くなったのです。同じ週にプリンスも他界し、さらには私たちの親友がスクーターで事故に遭って昏睡状態に陥ってしまったのです。そのため、撮影全体が不思議な雰囲気に包まれていました。よくよく見ると、このMVはそうしたエネルギーを捉えていると思います。オーディエンスはこのMVを見て、とても面白くてカラフルだと思うかもしれませんが、私たちにとってはブードゥー教のビデオのようなものなんです。当時の私たちが抱えていた傷をすべて剥がしてくれるような強さを感じたので、それが良かったのかもしれません。アヴァランチーズは、私が子供の頃から聞いていたお気に入りのバンドでもありましたから、彼らのMVをプロデュースしたなんて、まるで夢のようです。まさにすべてが夢のようで、クレイジーな雰囲気をひとつの動画に収めることはとても無理でした。
スヌープ・ドッグ「SO MANY PROS」– ディレクター:フランソワ・ルスレ
ド・シャトルー:この作品は、ロサンゼルスで撮影したものです。当時、私たちはまだ28歳か29歳で、スヌープ・ドッグのMVを撮ることになってすっかり舞い上がっていました。なんといっても、あのスヌープ・ドッグのMVを撮ることになったのですから。本当に最高でした。でも、スヌープ・ドッグは撮影に8時間も遅刻してきたんです。私はいつも一緒に仕事をするアーティストをSNSでフォローし、何かを制作する前に彼らのオーディエンスを分析するようにしているのですが、撮影現場でスヌープ・ドッグを待っているとき、彼がラスベガスの歯医者にいることをSNSで知りました。それも、ロサンゼルスの撮影現場にいるはずの午前10時に! 幸い、そんなこともあるだろうと思っていたので、他の撮影を優先してその場を切り抜けました。
この作品のコンセプトは、「もしジェームズ・ボンドが黒人だったら?」というシンプルなものです。黒人のボンドと1970年代のブラックスプロイテーション・ムービーを融合し、黒人のボンドが活躍する世界を舞台に、100枚の象徴的なポスターを作ろうと思いました。車からエキストラの人々、セクシーな女の子たち、ラッパー、悪者、悪女たちなど、グリーンバックを使ってすべてを3日間撮影しました。ファレルとはこの現場が初対面でしたが、彼はこの曲のプロデューサーでもあったので、驚きましたね。この曲は、MTVミュージック・アワードも受賞したんです。そうそう、これに関しても面白いエピソードがあるんです。スヌープ・ドッグはMVの出来に大満足で、監督にヴィンテージの黒いマスタングを贈りたいと言い出したんです。それを監督に伝えると、監督は「でも、免許持ってないし」と言って断ったんですよ。というわけで、マスタングを手に入れることはできませんでした。「冗談じゃないよ! スヌープ・ドッグから黒いマスタングがもらえたかもしれないのに、どうしてあんなこと言ったんだ! とりあえず『免許を持っている』と言って、私たちに運転させてくれればよかったのに!」と、思わず誰もがツッコミを入れたくらいです(笑)。
Interview by Emily Phillips. Videography courtesy of Division.