クィアな視点で見るサッカー界。JJゲストが同性愛嫌悪に物申す。


Shoko Natori

それは2010年4月17日のマンチェスター・ダービーで起きた。試合は0−0のまま、すでに後半93分を迎えていた。エティハド・スタジアム[マンチェスター・シティFCの本拠地]のスタンドというスタンドから、両チームのサポーターたちの焦りが手に取るように感じられる。審判が試合終了のホイッスルを吹くわずか17秒前——マンチェスター・ユナイテッドFCのポール・スコールズが鮮やかなヘディングシュートを放ち、ゴールネットを揺らした。スタンドにスコールズが駆け寄ると、マンUサポーターたちはあらん限りの声を出してこの英雄ミッドフィールダーを称えた。それを見ていたキャプテンのガリー・ネヴィルは、もう我慢ができないといわんばかりに両手でスコールズの頬を包み、その口にキスをした。まるでメロドラマの中から飛び出してきたかのようなネヴィルとスコールズの熱いキスは、ニュースとなって世界中を駆け巡った。

勝利と歓喜、そして淫らな夢を生むあらゆる要素を備えたこのシーンは、ロンドンベースのアーティスト、JJゲスト(JJ Guest)のデビュー展『THE OTHER TEAM』に並ぶ最初の作品だ。展覧会は、ロンドン北部に位置するトッテナム・ホットスパー・スタジアム[トッテナム・ホットスパーFCの本拠地]の施設内にオープンしたOOFギャラリー(OOF Gallery)で2023年11月17日から12月23日にかけて開催された。だが、その作品をよく見ると、何か違和感を覚えないだろうか。マンUのチームカラーの赤が艶やかなモノクロームに削ぎ落とされ、熱狂するサポーターたちの姿がどこにもないのはさておき、キスをするふたりのシルエットが8つのピースに分けられ、奥から手前に向かってバラバラに配されているのだ。それをひとつの作品として鑑賞するには、前にかがむような姿勢をとらなければならない。「ストレート男性にかがんでもらう、というコンセプトがなんとなく気に入ったんです」と、29歳のゲストはいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。

これは自身の作品に感情を吹き込むためにゲストがとる、数多のアプローチのひとつである。ゲストは意識的あるいは無意識的にかかわらず、観る人がホモエロティシズムとゲイコミュニティに関するテーマと直接的に触れ合えるような空間をつくり出すのだ。そう考えると、THE OTHER TEAMへと続く道が5年前にゲストのPC画面上にあったネヴィルとスコールズの写真からはじまったことは、いかにもふさわしいことのように感じられる。「この写真を見て、激しく感情を揺さぶられました。動揺したんです」と言ってゲストは口をつぐんだ。私を案内しながら、白と黒のグラデーションを描くスコールズの肘の前を通り過ぎると「動揺は嫉妬に変わり——最終的には苛立ちとなりました」と再び口を開いた。

「Man On」2023年

当時のゲストは、新しいパートナーと出会ったことを機に、自身のクィアさに起因する恐怖と向き合わざるを得ない状況にあった。その頃は、世間から自分を守りたいという気持ちや不安、不公平さといった感情の間を行ったり来たりしていたという。そんなある日、ゲストはネヴィルとスコールズの写真を限界まで削ぎ落とし、残った画像をTシャツにプリントした。それが意外にも、仲間や父の友人たちにウケた。「僕にとってこの画像は、同性愛を描いたものなんです。だから、家族持ちのおじさんたちがTシャツにプリントされたふたりの男性のキス画像を気に入ってくれたことが不思議でした」とゲストは言い、次のように続けた。「でも、わかったんです。それは、ふたりがフットボール選手だったからです」

マンチェスター・シティFCのスター選手、フィル・フォーデンにときめいたことを除いて、ゲストは“普通の意味での”フットボールファンではない。「フットボールファンになるのが怖くて仕方がありませんでした」と、ゲストは恐怖心のせいで地元チームのバーミンガム・シティFCを応援できなかった幼少期を振り返った。だが、今回の実験的な試みによって、自分とは無縁だと思っていたオーディエンスにクィアさを伝えること——そして願わくば、共感を誘うことを可能にする視覚的言語を手に入れた。「選手が誰だかわかった瞬間、オーディエンスは心の鎧を解いてくれます。選手について知っていることがあるから、進んで僕に声をかけてくれるんです」とゲストは語り、展示されている作品を正しく理解できないせいでギャラリーに内在する秩序のようなものを壊してしまうのではないかと、ギャラリーを退けてきた自身の過去を引き合いに出した。

このようにしてTHE OTHER TEAMは、フットボール界にまつわるネットミーム的なものを再現しながら、世に広く出回っている画像やフットボール関連の印刷物の中に隠されていながらも露骨に現れているクィア要素を探求する。「ほかのチーム」という意味のタイトルさえもが一種のジョークである本展は、何年にもわたってクィアなイギリス人フットボールファンたちがスタジアムで耐え忍んできた声なき偏見と、暗号化された誹謗中傷(その中でもっともタチの悪いものは、イギリス人アーティストのサラ・ルーカス[Sarah Lucas]が1991年に発表した「Five Lists」という作品の一部に書かれてある)といった負のカルチャーにそれとなく言及しているのだ。

「Splash」2023年/courtesy of OOF Gallery

「誰も声に出して言う人がいない中でこのような問題を扱うのは本当に大変です。でも、[クィアに対する偏見が]あるという事実は変えられません」とゲストは語る。あからさまな誹謗中傷と断定できないグレーな攻撃は、時には人をひどく傷つける。だが、ゲストの作品はこうした嘲笑と、一見何の変哲もない事柄から同性愛的な“記号”を読み取るという行為の両方に触発されながら、それらを原動力としている。たとえば、ゲイバーで抜け目なくウインクをしたり、色付きのハンカチを持ったりすることに意味があるように、ゲストは彫刻作品の周りにさまざまなヒントを散りばめ、観る人にその解釈を委ねる。

ゲストは、JDスポーツ(JD Sports)やセルフリッジズ(Selfridges)のVMDとして働いていた10代の頃から、ストーリーテリングの才能の片鱗を見せていた。「[VMDを通して]お客さんの動き方や買い物の仕方を意のままに操れるのが楽しかったです。アート空間でも同じようなことができること、いろんな作品を観てもらうために人の動きをコントロールできることにすっかり夢中になりました」とゲストは言う。

数学や科学といった得意科目の先にある安定したキャリアを選ぶ代わりに、何かをつくりたいという情熱に突き動かされてアートの世界を選んだ結果、ゲストはミッドランズからブライトンに移住した。ブライトンでは舞台装置づくりから衣装制作にいたるまでの舞台芸術を学んだが、のちにイラストの世界に転向した。これを機にゲストは才能を開花させ、のちに雑誌編集者やファッションデザイナーから絶賛された、さまざまなオブジェを継ぎ合わせた緻密な世界を構築するアーティストとして頭角を現した。さらにゲストは動画クリエイターとしても経験を重ね、街で友達になったストレート男性のミュージシャンたちを撮影しては、独自のビジュアルスタイルを築いていった。その間、心のどこかにネヴィルとスコールズのキス画像がずっと引っかかっていたという。それは、無視できないほど大きなものになっていた。「子どもの頃に父親にキスされた記憶はありませんし、フットボールの試合でもなければ、父親が涙を流す姿を見たこともありませんでした」と、ゲストはすべてを変えた“啓示”の瞬間を振り返る。それ以来、攻撃性を浮き彫りにする彫刻作品や、性描写に満ちたセラミックプレートとともに、いままで以上にコラージュづくりに打ち込んだ。それだけでなく、マンチェスター・ユナイテッドFCとのコラボレーションも近い将来には実現する見通しだという。こうしてゲストは、ゲイとストレートという、そう遠くないふたつの世界の中間にある、広く受け入れられた男性描写の偽善に深く根を張ったこの“隙間”に、ようやく自分の居場所を見つけた。

(写真左)「On Your Parade」2023年/courtesy of OOF Gallery(写真右)「Glory ‘66’」2023年/courtesy of OOF Gallery

それから時は流れ、2021年のある日、ゲストはOOFギャラリーから初めて作品の制作を委嘱された。OOFギャラリーは、エディ・フランケルによるアートとフットボール専門のジンとして誕生したOOFマガジン(OOF Magazine)がギャラリーへと発展したもので(ギャラリーはイギリス指定建造物のウォーミントン・ハウスの中にあり、トッテナム・ホットスパーFCのグッズショップも併設されている)、そこではBALLSと銘打った合同展(2021年7月22日〜11月21日)によって柿落としが行われた。合同展には、ゲストによるセラミック製の2つのサッカーボールからなる、白いネットに包まれた陰嚢にオマージュを捧げた作品が展示された。それから3年後にゲストが自分だけでなく、自身のアイデアに対する信頼を拠りどころとするTHE OTHER TEAMを手がけるにあたり、スタッフたちの応援に励まされたという。「僕の作品は、慎ましく静かにしていること、声を出さないことが特徴なのに対し、彼らは(終始)、もっと大胆になれ、限界を押し広げろ、勇気を出せと言ってくれました」とゲストは言った。

作品に取り組むうちにゲストは、オーディエンスの側に立つことで、LGBTQ+コミュニティに対する自身の偏見を改めて見つめ直すようになった。「セラピーのような体験でした」と、「Splash」というタイトルの本展の2番目の部屋の壁に漆喰を塗りながら、一種のカタルシスを経験したと語った。「Splash」を手がけるにあたってゲストは、マッチョな自分を見つけるために自身の内面を掘り下げた結果、女性の友人からボディビルのスキルを学びたいと考えた。それくらい、こうした世界に深く根ざした“男の優位性”から遠い場所にいたのだ。

サウナや公衆浴場を思い起こさせる「Splash」では、更衣室によくあるもの——清潔なブリーフや直立したプラスチックのボトル、さらにはタイル張りの広々とした浴槽などを想像してほしい——で構成されている。ゲストが4日かけて完成させたこの部屋には、2本のスプレー塗料が置いてある。それを吹きかけると、試合後の無意識的なじゃれ合いとも、若い男性同士のソフトポルノまがいの行為ともとれる、防水加工されたモザイク画が現れるという仕組みだ(モザイクの解釈は、その人の見方次第である)。「選手たちが素っ裸で風呂に入っている姿を昔よくテレビや新聞の裏面で目にした、と母親は言っていましたが——そんなことが本当にあったなんて、とても信じられません」と、ゲストは驚きをにじませながら言葉を添えた。

「Splash」2023年/courtesy of OOF Gallery

喜びの精神と、それが日常に現れるさまざまな姿にスポットを当てたゲストの“締めの言葉”は、さらにその限界を押し広げようとする。本展のラストを飾る、紙吹雪まみれの暗い部屋に足を踏み入れると、一隅に置かれたスピーカーからブロンスキ・ビート(Bronski Beat)[1980年代に活躍したイギリスのシンセポップ・バンド]の1984年の名曲「Smalltown Boy」のシンセサイザーの音色が聴こえてくる。まるで断末魔の叫びのように引き伸ばされたその音は、パーティーの終わりを告げているのだ。部屋には、1966年のFIFAワールドカップ(W杯)イングランド大会決勝でジェフ・ハーストが優勝ゴールを決めた瞬間の写真をモチーフにした作品「Glory ‘66」が展示されてある。だが、ここでも違和感を抱かずにいられない。原因はグレースケールの画像でもなければ、インダストリアルな雰囲気が漂うメタリックな光沢でもない。そこにはなんと、本来ならボールが写っているべきところに、直径9センチほどの“グローリーホール”がぽっかりと開いているのだ。

「Glory ‘66」の反対側に展示されているのは、「On Your Parade」という作品。ほかの作品と同様にモノクロームに削ぎ落とされたシャンパンファイトの様子——実際は湯気を立てる小便——が、私たちの希望や幻想を投影するために、祝祭ムードの骨組みだけを残している。冒涜的とも捉えられかねないゲストの手法は、私たちに向けての餞別ないし、ウィットに富んだ最後の挨拶とも解釈できる。

連作「Deft Touch」2022年

「“グローリーホール”のことでは、世間から叩かれまくりました。僕が大切なものをめちゃくちゃにしたと思われたんです。俗悪で知性に欠けると言われました」とゲストは明かす。そう言いながらも、自らこうしたコメントを見つけては、エクスタシーのようなものを感じているようだ。「コメント欄を見ていて何よりも嬉しかったのは、人々がフットボールというコンテクストの中でクィア体験について語り合い、真剣に自分たちを教育しようとしていたことです」。それは、このプロジェクトを思いついて以来、ゲストがずっと期待していたことでもあった。ゲストは、自身のひねくれたユーモアの描写が万人受けするものではないと理解しているが、こうした挑発的な態度を改めるつもりもない。「僕は誰もが喜ぶような作品をつくることはできませんし、そもそもそれは目的ではありません。僕が怖いと感じている人たちに語りかける作品をつくること——それが僕のねらいなんです」

コメント欄のちょっとした炎上は、広義のスポーツ界を男らしさの呪縛から解き放ちたい、というゲストの想いの断片に過ぎない。シャリーア(イスラム法)によって同性愛が禁止されているカタールで2022年W杯を開催するというFIFA(国際サッカー連盟)の決断が世界中で怒りをもって迎えられたことは、私たちの記憶に新しいのではないだろうか。それだけでなく私たちは、LGBTQ+コミュニティへの支持を表明していた元イングランド代表のデヴィッド・ベッカムがカタールと1250万ポンドの契約を交わし、W杯のプロモーションを行うことに同意したことも忘れてはいない。これが約20年前におしゃれな“メトロセクシャル”男性のパイオニアとして一世を風靡したのと同人物だなんて、にわかに信じがたい話だ。そのいっぽうで、いまではイングランド代表のジャック・グリーリッシュ(Jack Grealish)がプラダ(Prada)のきらきらバッグやタイトなショートパンツ姿で雑誌の表紙を飾っても、同性愛の疑惑をかけられることはなくなった。

「Gary and Paul」2023年/courtesy of OOF Gallery

OOFギャラリーは、こうしたさまざまな感情に形を与えるための場でもある。ゲスト自身も、会場内を歩き回りながら、更衣室でのエピソード——非現実的な回想や中年の自分探し、そしてゲストがいうところの数多の“シャワールームでの告解”——の話をしたくてうずうずしている人々から声をかけられたという。おかげで、今後の展覧会のアイデアには一生困らないだろう。

私たちは、トッテナム・ハイロードにあるザ・ブリックレイヤーズ・アームズ(The Bricklayers Arms)でインタビューを締め括った。ここは、ゲストが会期中に何度も訪れた、地元パブのひとつだ。トッテナム・ホットスパーFCの過去と現在に関するあらゆるメモラビリア——どれも私たちにはいまいちピンとこないもの——に覆われた壁を見つめながら、私たちは不思議な感覚に襲われていた。ここがまるで自分たちの居場所であるかのように感じられたのだ。THE OTHER TEAMの素晴らしさはそこにある、とゲストは強調した。「自分自身が長年抱いてきた、ゲイらしさや同性愛嫌悪に対するいろんな思いを知ることができました。僕は、そうしたものが自分を守ってくれていると思い込んでいたのです。でも、本当はそうだったのでしょうか」。そう語るゲストは、これからも緊張した足取りでスタジアムを訪れ、大声で声援を送る熱狂的なサポーターたちとは離れた場所で試合を観戦するのだろう。異なるこのふたつの世界を理解しようともがき続けてきた歳月は、ゲストにとってかけがえのない時間だった。たとえベッカムにキスをしてもらえたとしても、ゲストはそれを手放さないだろう。

Artworks by JJ Guest. 

10 Men 59号「PRECISION, CRAFT, LUXURY」掲載記事

@jj_guest

「Splash」2023年/courtesy of OOF Gallery

Share