カラビナをアート作品に変えるジュエリーデザイナー、マーラ・アーロン


Shoko Natori

ニューヨーク出身のマーラ・アーロンは、どこまでも革新的なデザインにこだわるジュエリーデザイナーである。広告業界歴25年の彼女は、情熱を傾けるハードウェアとジュエリーを融合させて美しいジュエリーを作りたいという想いを胸に、2013年、自身の名を冠したブランドを立ち上げた。ニューヨークでハンドメイドのジュエリーを手がけるにあたり、アーロンはカラビナ(登山などのクライミングスポーツで使われる頑丈なクリップ)をジュエリーに取り入れるというシンプルなアイデアを思いつき、それ以来、前だけを見て進み続けてきた。

カラビナに象徴されるインダストリアルな美意識と、イギリスのヴィクトリア朝やジョージ王朝時代にインスパイアされたロマンティックなテイストを融合させたアーロンは、その斬新なスタイルを高く評価するジュエリー愛好家たちから熱狂的な支持を集めている。ファッション界の寵児ことサラ・ジェシカ・パーカーは、ドラマ『AND JUST LIKE THAT…/セックス・アンド・ザ・シティ新章』でキャリー・ブラッドショー役を再演した際、アーロンのジュエリーを着用した。ハリウッドきってのおしどり夫婦として知られるブレイク・ライブリーライアン・レイノルズもアーロンのジュエリーのファンである。このように注目されることで、アーロンは才能あるクリエイターとしてだけでなく、カラビナのような機能的なオブジェをラグジュアリー感あふれるアクセサリーに取り入れるという、業界全体のトレンドの先駆者としても認知されるようになった。

アーロンの先駆的なアプローチは、トレンドを生み出す彼女のデザインだけにとどまらない。その例として、2017年には彼女が手がけたジュエリーを販売する自動販売機がNYのブルックリン美術館に設置されたのだ。自動販売機では、シルバーのイヤーカフや鍵付きのゴールドチェーンなどが販売された。その後、この自動販売機はブルックリンのウィリアムズバーグにあるモダンなラグジュアリーホテル、ザ・ウィリアム・ヴェールに移設された。

さらにアーロンは、強い絆で結ばれた独自のコミュニティを構築することに重点を置き、その目標を見事達成した。2015年にスタートした「#lockyourmom」は、アーロンが開始以来毎年取り組んでいるプロジェクトのひとつである。このプロジェクトは、シングルマザーとして活躍する女性たちにアーロンが手がけた純銀製のベビー用ハートロックをプレゼントするというもので、アーロンの社会的責任に対するコミットメントを示している。今年も開催されるこのプロジェクトにはすでに多くの人が登録し、その人気ぶりがうかがえる。

インクルーシブな社会を実現するための献身的な姿勢と、独創的なクラフトを生み出す才能を融合させたアーロンの未来は明るいといえるだろう。ジュエリー関係者たちは、カラビナのトレンドが今後も続くと予測するいっぽうで、アーロンの美意識が彼女の作品を超えてより広いトレンドへと波及し、長く実りある未来を実現すると見ている。

そもそも、なぜカラビナをジュエリーにしようと思ったのですか?

マーラ・アーロン(以下、アーロン):カラビナというアイデアは、ひらめきというよりは、むしろ執着に近いですね。昔から、何かを作ってみたいと思っていたのです。広告業界で働いていた頃はジュエリーを作ったり研究したりと、ジュエリーに夢中でした。いろんなものに変えられるコンバーチブルなジュエリーというアイデアに惹かれ、カラビナを使ったり、留め具のないチェーンを試してみたりと、試行錯誤を繰り返しました。ロック(錠前)そのものの形を変形させることができることに気づいてからはまったく別の世界が広がり、新しいアイデアが次から次へと湧き出てきました。ジュエリーのことを知れば知るほど、やりたいことも増えていきました。そのいっぽうで、自分のアイデアをどうやって実現させるかを考えたり、かなり早い段階から制作に追われたりと大変なこともありましたが、やりがいはありました。

ニューヨークという街は、ご自身のブランドのスタイルにどのような影響を与えていると思いますか?

アーロン:ニューヨークの「ダイヤモンド街」と呼ばれる宝石商店街に拠点を構え、ほぼすべてのものをここで作ることは、ニューヨークに対する一種の愛情表現だと思っています。自身のブランドを運営する方法としては、もっと簡単なやり方もありますから。(ダイヤモンド街がある)47丁目は、まさにニューヨークという街の物語をひとつの区画に凝縮したような場所で、ここでは毎日毎分、その物語が紡がれているのです。文化が衝突しては受け入れられ、私はこの地区で活動する人々と繰り返しビジネスを共にします。ニューヨークという比類なき街に住んでいることに感謝しない日はありません。私は機能やメカニズムに美を見出す人間なので、いつも空や地面を見たり、工事現場やマンホールの蓋の置かれ方を観察しては、インスピレーションを求めています。さらには、それ自体が物語であるハーレムという場所は、私にとって故郷のような場所です。

地元の職人たちと仕事をすることの重要性とは?

アーロン:アメリカでは、製造業に身を置く人の数が日に日に減少しています。だからこそ、ここニューヨークでものづくりを行うことは重要だと思っています。ロジスティクスの観点から見ても、私たちの作品は複雑ですから、ここで作ることは私たちの開発プロセスとしても理にかなっているのです。

インスピレーション源は? 

アーロン:さまざまな時代のアンティークジュエリーはもちろん、インダストリアルなデザインや機能性、色にも影響を受けています。ジュエリーだけにとどまらず、私にとってはあらゆるものがインスピレーションの源なのです。

ロンドンの ポートベロー・ロードには、私が昔ながらの変わったメカニズムに魅了されていることを知っている骨董店が何軒かあって、いろんなものをよく送ってくれるのです。私はそうしたものをデスクのそばに置いているキャビネットに飾り、眺めたりします。時おり、新作のアイデアがひらめいたりもするのです……。

ブルックリン美術館の自動販売機のプロジェクトについて詳しく聞かせてください。 

アーロン:2016年に日本を旅したときに、あらゆるものが売られている自動販売機をあちこちで見かけました。私たちも同じことをやってみようと思い、帰国後すぐに作りはじめたのです。ブルックリン美術館を皮切りに、ブルックリンの庭園からロックフェラー・センターへと展開されていきました。貴重なものを思いがけない楽しい方法で人々に提供するというのが私のねらいで、これからもこのプロジェクトを発展させていくことにワクワクしています。

「#LOCKYOURMOMPROJECT」とは、どのようなプロジェクトなのでしょうか?

アーロン:私はシングルマザーになり、人生でもっとも辛い時期を経験しました。特に母の日に関しては、ほろ苦い思い出があります。子どもが小さかった頃は特にそうでした。周りの人たちには、「お母さんありがとう」のように感謝を伝えてくれるパートナーがいるのに……悲しい気持ちになりましたね。

そこでシングルマザーのために何かしたいと思い、母の日にシルバーのハートロックをプレゼントするという企画を2016年にはじめました。Instagramを通じて50個のハートロックを贈ることからスタートした#lockyourmomプロジェクトは、いまでは1500個のハートロックを全米のシングルマザーに贈る恒例イベントへと成長したのです。

困窮しているシングルマザーを支援するため、私たちは2年連続でヘンリー・ストリート・セトルメントという非営利の社会福祉施設と提携し、シングルマザーとその子どもたちのためのイベントを開催しました。最初の年は、住むところを失った75人のシングルマザーと子どもたちをランチに招待し、それぞれにジュエリーをプレゼントしました。スタッフに見守られながら子どもたちが遊ぶなか、女性たちは会場に特設されたフラワーマーケットで花束選びを楽しんでいました。今年は150人の母親と子どたちが参加してくれました。

アメリカ宝飾業界最高峰アワードである「ジェム・アワード」を受賞された感想は? 

アーロン:(授賞式の)スピーチで言いたいことは言い尽くしてしまったのですが、いまでも信じられません。自分にとっては身に余る光栄のような気がして。素晴らしいプレゼントを送られたような気分です。自分の作品が評価されたことを誇らしく思っていますが、これはゴールではありません。トレンドが目まぐるしく変わる現代社会において、多くの人にとって意義のある作品を作り続けていきたいです。

ご自身のデザインに対し、どのような未来を期待していますか?

アーロン:ジュエリーを身につける人の生活の一部として存在してほしいと思っています。ビルのロビーや道端(私のお気に入りの場所です)など、人がいるところならどこでも……偶然目にした人が魅了されるようなものであってほしいです。

私たちは、ジュエリーの唯一の目的は人々に喜びを与えることだと信じています。だからこそ、こうした視点からすべてのことを見るようにしています。私たちにはまだまだやるべきことがたくさんあります。ジュエリーのことだけではありません。私はいろんなことに興味がありますし、ジュエリー以外でも数多くのプロジェクトが控えています。どうか私たちを見守り、応援してくださいね!

Photography courtesy of Marla Aaron.

marlaaaron.com

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