写真家マーティン・パーが現代のイギリスを撮る理由


Shoko Natori

マーティン・パーほど見事に、華麗なる大英帝国の現代の複雑な姿を捉えることができる写真家は稀である。13歳で初めてカメラを手にしたイギリス・サリー州生まれのパーは、50年以上にわたってイギリス諸島を縦横無尽に駆け巡り、絶え間ない流転の状態に置かれているかのようなこの国を撮り続けてきた。これらはすべて、ルイ・ヴィトン パブリッシングから発表された最新作『ユナイテッド・キングダム』に収められている。

すべてを見通すようなレンズの後ろでパーは、ウィットに富んだ、驚くほど美しいタッチでイギリスの日常生活を切り取る。そのために彼は、サッカー場からドッグショーの会場まで、さらにはエリート層の邸宅から荒れ果てた海辺の町まで、イギリスのありとあらゆる場所に足を運んだ(代表作『The Last Resort』は、サッチャー政権下のニューブライトンの海辺のリゾートで夏を謳歌する人々をカメラに収めたものである)。

Spectators at the Orange Parade in Belfast, Northern Ireland, July 12, 2016

パーの作品は、イギリスの日常生活の不条理さを浮き彫りにすることで知られる。それは『ユナイテッド・キングダム』においてもいえることだ。ルイ・ヴィトンの旅行関連出版部門であるルイ・ヴィトン パブリッシングが刊行するフォトブックシリーズ「ファッション・アイ」から発表された本作でパーは、1998年から今日に至るまでのイギリスの国民的なレジャーに焦点を置いている。「私はイギリス国民を愛しているが、同時に腹立たしいとも思っている」と、71歳のパーはブリストルの自宅からビデオ会話アプリを介して語った。「私は写真を撮るときにこうした矛盾と曖昧さを探求しようとする。だから、写真を撮るという行為にはセラピーのような意味合いもあるのだ。イギリスが欧州連合を離脱したことにも腹を立てていた」

パーの特長ともいうべき淡々とした物言いとドライなユーモアは、彼の作品に独自の魅力を添えている(「このインタビューは何に掲載されるのかな?」「10マガジンです」というやりとりのあと、パーは「それはポルノ雑誌かな?」と冗談を飛ばした)。本作はパーのアーカイブを軸に、未公開のものや、2023年5月に行われたチャールズ国王の戴冠式を祝ったパレードやパーティを撮影するために彼がミッドランド地方を訪れたときの作品で構成されている。

A city sightseeing tour, Belfast, Northern Ireland, 2008

「当然ながら、どこに行ってもお祭り騒ぎだったよ」とパーは振り返る。彼はバンクホリデー(イギリスの祝日)を撮影に費やし、英国旗「ユニオンジャック」が散乱するビュッフェのテーブルや大型トラックの荷台に載せられたパレードの出し物とそれを見守るまばらな観衆、さらにはイギリス名物の悪天候をものともせず、傘の波に遮られながら大画面でその日のメインイベントを観る王党派たちを活写した。

本作では、戴冠式の祝典とグラストンベリー・フェスティバルの陽気な参加者たちのショットが巧みに組み合わされている。新型コロナのパンデミックによってグラストンベリー・フェスティバルは中止されていたため、パーにとっては2年振りの訪問だった。「パンデミックが収束し、こうしてまたフェスティバルに参加できたことに誰もが感動し、とても喜んでいた。あんなに幸せそうな人たちを見たのは、生まれて初めてだった」とパーは言う。浮かれた参加者たちは、カメラを持って近づいてくる人を警戒するのでは?と尋ねると、「そんなことはない。みんなノリノリさ。見栄っ張りで目立ちたがりだから、カメラを持っていても問題ない。何もかもが自然で、とてもくつろいだ雰囲気だった」とパーは言った。

‘Fun day in the park’, celebration of the coronation of King Charles III, West Bromwich, England, 2023(初公開)

分断の国として注目されることの多いイギリスだが、この国の人々が連帯感やコミュニティ意識、一体感に満ちているのも事実である。ロンドンのサヴォイ・ホテルでは、露出度の高い服装でマンチェスター・プライドに繰り出す同性愛者たちと、フォーマルなディナーダンスに出席するような人たちが隣り合わせで座る。さらには、王室主催の競馬「ロイヤルアスコット」のゲストも、教会の聖歌隊やバードウォッチャー、女子会の参加者たちと仲良く同じ空間にいる。学校を卒業したばかりの若者たちはフリーズ・アートフェアの参加者とペアを組むし、灰色一色の都心を進む通勤者たちは、極彩色の衣装に身を包んだノッティングヒル・カーニバルの参加者と並んで歩く。

「要するに私は、人が好きなんだ。だから人がいて、みんなが楽しそうにしているところに行く」とパーは言う。その言葉通り、本作は享楽を求めるありとあらゆる人々(上流階級から労働者階級に至るまで)を記録したものなのだ。それはバラバラのパズルのようなもので、つなぎ合わせることで現在のイギリスのアイデンティティを垣間見せてくれる。

Weston-super-Mare, Somerset, England, 2020

「(本作は)レンズを通して見た、私とイギリスの関係性の蓄積なんだ」とパーは口を開き、「私たちには、奇妙な習慣や儀式、趣味があるから」と言った。この国の現状を楽観視しているのかと尋ねると「いまでも心の底では、イギリス人はとても公平で寛大だと思っている。多くの人はとても寛容だが、そうではない人もいる。いまだに人種差別主義者や性差別主義者、偏屈な人がいるのも事実だ」という答えが返ってきた。

それでもパーの作品は、イギリスの分断から目を逸らさない。それは、本作を貫くユニオンジャックの描写からしても明らかだ。「ユニオンジャックはとてもいい画になるし、一目でイギリスのシンボルだとわかる」とパーは国旗について言った。「ある人はナショナリズムの象徴とみなし、ある人は愛国心とみなす。いろいろな解釈がある。でも私は、ユニオンジャックのそういうところが好きなんだ」

VIP tent, Britfest, Schloss Neuhaus, Paderborn, Germany, 2014

ルイ・ヴィトンのようなラグジュアリーブランドと何度も仕事をした経験のあるパーは、日常の一瞬の奇抜さを見抜く独自の眼差しをこうしたブランドに提供してきた。「ファッションの仕事をしているときは、マーティン・パーとして写真を撮っているだけさ。人を動かして(状況を)コントロールすることができるから、ある意味では楽なんだ。写真を通して問題を解決するようなものさ」とパーは話す。

パーは、ファッション界で得た収入の一部をイギリスとアイルランドを中心に活動する「実績がありながらも見過ごされてきた新進気鋭の写真家」を支援するために2017年に発足したマーティン・パー財団に寄贈している。ギャラリーや図書室、アーカイブセンターとしての役割を担う同財団は、70年代後半から80年代前半にかけての産業が衰退するイングランド北東部を撮影したグラハム・スミスや炭鉱労働者のストライキを撮影するためにピケットライン(スト破り防止の監視線)に身を置いたジョン・ハリスといった写真家の作品に光を当ててきた。マンチェスター出身のエレイン・コンスタンティンによるイギリスの少女時代のポートレートや、日常生活のエレガンスを捉えたダブリン出身のトリッシュ・モリッシーの作品などは、同財団で展示された代表作である。

Celebration of the coronation of King Charles III, Kingswinford, Dudley, West Midlands, England, 2023(初公開)

「私は、イギリスのドキュメンタリー写真の力を信じている。過小評価されているとは思うが」と語るパーは、ワークショップや展覧会、写真家を対象としたセミナーを定期的に開催している。「(財団を立ち上げる前は)イギリスの写真家がいかに優れているかを示す機会がなかった」

成人してからのほとんどすべての時間を故郷であるイギリスをカメラに収めることに費やしてきたパーは、イギリス人であることを誇りに思っているのだろうか。「部分的にはね」とパーは言い、次のように続けた。「部分的というのは、なかには何をしでかすかわからないような輩もいるから。それを除けば、イギリス人であることを誇りに思っているよ。いまでもユーモアのセンスのある国民だと思っている。人々が私の作品のいくつかを面白いと思ってくれたら嬉しいね。私は、自分が見ているままのものをみんなに見てもらいたいんだ」

Photography by Martin Parr この記事は、10 Men Magazine 59号「PRECISION, CRAFT, LUXURY」からの抜粋です。

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BBC Birdwatchers ident, Rainham Marshes, Essex, England, 2017

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