会場は超満員だった。ベンチというベンチ、階段という階段に学生たちが陣取り、見物人たちが我先にと、会場の隣にあるバーのガラス壁に顔を押し付ける。その目線の先には1本のランウェイが。人々の熱気に包まれて、ロンドンの名門美術大学セントラル・セント・マーチンズMA(修士課程)卒業ショー(CSM MA)が幕を開けようとしていた。
驚くべきイノベーションとクリエイティビティが遺憾なく発揮された2024年の卒業コレクションの中でも、とびきり異彩を放っていた10名のコレクションを本誌がピックアップ。未来のファッション界を形づくるフレッシュなニュータレントを紹介する。
ジョシュア・エウジー(Joshua Ewusie)
シャネルと英国ファッション評議会(BFC)の奨学生であるジョシュア・エウジーの卒業コレクションでは、左側に糸巻きのようなストラクチャーがあしらわれた、いかつめのブラックコートや、ネックラインから赤と黒のタッセルをぶら下げたシルバーのミニドレス、チャンキーなレザーボンバージャケットなど、ファッションラバーを虜にすること間違いなしのルックが披露された。
ロヴロ・ルキッチ(Lovro Lukic)
ヴィンテージや古着の生地とフェイクファーを組み合わせたコレクションをつくるにあたってロヴロ・ルキッチは、遊び心あふれる気まぐれさとともに80年代風のスカートにペプラムを贅沢に重ね、フォルムと素材でさまざまな遊びを試みた。プリント生地はどれも色鮮やかで派手な印象を与えるが、それぞれの良さを見事に引き立てている。それによって、観る人をワクワクさせると同時に洗練されたコレクションに仕上がっていた。
アンリ・エブラール(Henri Hebrard)
アンリ・エブラールの卒業コレクションでは、ブラウンやベージュ、ネイビーといったミュートカラーを基調としたスタイリッシュなシルエットが目を引いた。時おり登場するポップなグリーンやビッグな襟といったアクセントが、ともすれば控えめに終わっていたかもしれないそのコレクションにサプライズ感あふれる彩りを添えていた。
ソーラ・ステファンスドッティル(Thora Stefansdottir )
ソーラ・ステファンスドッティルは、フューチャリスティックなおとぎの国の住民が着るような、幻想的なルックをランウェイの上で披露した。寄せられたギャザーやストラクチャードな渦が、構造に関するステファンスドッティルの豊かな知識を見せつけるいっぽうで、下に向かって流れるようなシルエットがエフォートレスでクールなエネルギーを放っていた。
トライセリーヌ・プラット(Traiceline Pratt )
中途半端なことをするくらいなら、故郷に帰る——バハマ生まれのトライセリーヌ・プラットは、このような覚悟で卒業コレクションに臨んだという。次から次へとランウェイに登場した、左右の肩を覆ってしまうほど大きなフェイクファーのフードをあしらったオーバーサイズのコートやジャケットに象徴されるプラットのコレクションは、明日にでも店頭に並べられるくらい完成度が高いものだった。2023年にプラットは、学業支援としてドクターマーチン(Dr. Martens)から5000ポンドの奨学金を授与された。彼に熱い視線を注いでいるのは、ドクターマーチンだけではないはずだ。
ズオラン・リュウ(Zhuoran Liu)
彫刻作品の研究にインスピレーションを得たズオラン・リュウの尖ったシルエットは、まさに衝撃的のひと言に尽きる。ブラックやグレーといったミュートカラーにスポットを当てたリュウは、とげのようなモチーフをあしらったヘッドピースでルックの美しさを際立たせた。
ドゥルヴァ・バンディル(Dhruv Bandil)
ドゥルヴァ・バンディルの卒業コレクションの着想源は、インドの田園地帯で発掘された遺跡と、そこから出土した彫刻(女性の力を象徴している)。このコレクションによってバンディルは、卓越した才能の持ち主に贈られる、権威あるロレアル・プロフェッショナル・クリエイティブ・プライズを授与された(審査員はスタイリストのケイティ・グランド)。鮮やかな色と大胆な形が織りなすバンディルのコレクションは、見ているだけで楽しい気分になれるハッピーオーラに満ちあふれていた。
アルヴァロ・マーズ(Alvaro Mars )
スペイン人デザイナーのアルヴァロ・マーズは、黒いジャケットにキノコのようなシルエットのスカートを重ねたルックや、水玉模様のシアーなガウンとともにランウェイにドラマを届けた。こうしたルックとあわせて披露された、真ん中で継ぎ合わされて上に曲げられたようなハイヒールも印象的だった。
マキシミリアン・レイノア(Maximilian Raynor)
「Manor for Heaven」と命名されたマキシミリアン・レイノアの卒業コレクションは、甘美なまでにドラマチックで、本誌がピックアップした10名の中でも際立って素晴らしかった。LVMHの奨学生であるレイノアの卒業コレクションでは、下に向かって伸びた襟や、チェックのタイトドレスと同柄のボンネット、鈴を散りばめた赤と黒の翼付きのドレスなどが披露された。
ジョナサン・フェリス(Jonathan Ferris)
BFCの奨学生であるジョナサン・フェリスによる卒業コレクションは、痛快なまでに不気味だった。モデル全員にヒゲをたくわえた禿頭の男性の顔を模したマスクを着用させたフェリスは、オーバーサイズシャツやネクタイといったメンズウェアを再解釈し、どこかくたびれた印象を与える独特なルックを完成させた。シャツの背中から生えているかのような黒い髪の束や、茶色い毛が生えたパンツなど、フェリスのコレクションは忘れられない印象を残した。
Photography courtesy of CSM