『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号では、写真のみならずあらゆる領域へと活動を広げる現代美術作家、杉本博司にインタビューを敢行。舞台美術から写真、古美術、書、茶の湯、建築まで、創作にまつわる10の項目をインタビューを交えながら深掘りした。ここでは、杉本が手掛ける“舞台美術”について、本誌インタビューから一部を抜粋して紹介する。
あなたは杉本博司のことをどれだけ知っているだろうか? 静謐なモノクロームの写真を撮る写真家? いや、写真以外にも古美術蒐集、建築、能や狂言の演出、陶芸、書、料理まで活動のジャンルは幅広い。それは趣味などという生やさしいものではなく、ものごとの始原を知り、森羅万象を解明したいという探究心を現代アートへと昇華させるべく、たまたま腕に覚えのある写真術を時々活用しているのだという。
作品を介して世界を俯瞰し、時間を行き来する現代美術作家を、10の項目と、本人へのインタビューで掘り下げる。
2026年8月15日。杉本博司は東京・目黒の〈十四世喜多六平太記念能楽堂〉にいた。杉本修羅能『巣鴨塚 ハルの便り』の3回目となる上演に立ち会うためである。杉本自身が原作を手掛けたこの新作能は、太平洋戦争のA級戦犯である板垣征四郎が遺した長文の漢詩がもとになっている。
満州国建国の立役者であり、五族(日・朝・満・漢・蒙)協和を目指した板垣が、大戦へと突き進んだ経緯と心情について巣鴨拘置所内で詠んだ内容を、観世流能楽師・川口晃平氏の協力を得て謡曲へと翻案したのだ。戦後80年にあたる昨年8月15日に初演、同年12月23日板垣処刑の日に再演、巡る今年の敗戦記念日に再再演となった。
「お能は幽玄の美などと言われ、老練の能楽師がおぼろげな声で優美に謡うところに妙味があるものですが、今回は脂ののり切った中堅どころが出演するので、生気がみなぎっている。小鼓なんて鼓膜が破れるんじゃないかと思うぐらいの音が出るし、地謡(じうたい)も負けじと声を張る。
伝統的なお能とはまるで次元が違う、ロックコンサートをかぶりつきで見るようなすごい迫力ですよ。それに内容は古典能よりは身近な題材ですし、台詞(せりふ)と地謡を書き下したパンフレットもお配りしているので、理解しやすく、感情も入り込みやすいのではないでしょうか。
若い人が本作をきっかけとして能楽に興味を持ってくれればいいなと思います。今後も毎年8月15日に上演し続けていきたいと考えています」
写真を媒体とするアーティストとしてキャリアをスタートさせた杉本が、なぜ能に関わることになったのか? 話は2001年にさかのぼる。その年オーストリア・ブレゲンツ美術館で個展を開催した際、館内に能舞台をしつらえ、能『屋島』上演をプロデュースしたのだ。
「その少し前に、長谷川等伯の国宝《松林図屏風》をヒントに皇居前の松を撮影した写真作品《松林図》を屏風仕立てにしていました。これを能舞台の正面に老松を描いた”鏡板(かがみいた)”に見立てられないかと考えたのです。あちらは林業が盛んですから、能舞台の寸法通りに舞台を制作してくれることになり、正式なお能を上演することになりました。それならば前近代の明かりでやりたいと考えて、館内の人工灯はすべて消し、ろうそくの灯だけで上演したのです」
かつて蓮華王院 三十三間堂の千体仏を撮影した際(《仏の海》1995年)、発願者である後白河上皇が見たであろう光景を再現するために早朝の自然光の下で撮った杉本。
光には相当こだわりがある。映画『アマデウス』で劇場のシーンにろうそくの灯が使われたのを観たのも後押しとなった。東京・亀戸のろうそく屋に、ハゼの実から作る極太の和ろうそくを発注した。またアルミ製のリフレクター付き燭台を自ら設計して制作し、本番に臨んだ。ピーター・ズントー設計の現代建築の中で、モノクロームの松を背景に、屋島の戦いで勝利を収めた源義経の亡霊の影が揺らめいた。
「目が慣れてくると、ろうそくの灯だけでも舞台は結構明るく見えて、問題なく上演できました」
この公演をきっかけに杉本は舞台芸術の世界へ深入りしていく──。
気になるインタビューの全文は『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号をぜひチェックして!
<< 最新号の購入はこちらから >>
杉本博司(すぎもとひろし)/1948年生まれ。1974年よりニューヨーク在住。写真、建築、彫刻、古美術蒐集、舞台芸術、執筆など幅広い分野で活動。写真作品はメトロポリタン美術館、テート・モダンなど世界有数の美術館に収蔵される。2009年公益財団法人小田原文化財団を設立。2017年〈小田原文化財団 江之浦測候所〉をオープン。2001年ハッセルブラッド国際写真賞受賞、2009年高松宮殿下記念世界文化賞受賞、2010年紫綬褒章受章、2017年文化功労者に選出。
Photographer YASUTOMO EBISU
Text MARI MATSUBARA
Location KITA ROPPEITA XIV COMMEMORATIVE NOH THEATRE(KITA NOH THEATRE)

