『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号では、数々のアイドルグループを手掛け、日本のアイドル文化を形づくってきた秋元康と、彼のもとでデビューし、自らもプロデューサーとして独自の道を切り拓いてきた指原莉乃の二人のスペシャル対談が実現。ここでは、人を惹きつけるものを生み出す発想の源を読み解く、インタビューの一部を抜粋して紹介する。
2005年に結成されたAKB48(エーケービーフォーティーエイト)を皮切りに、総合プロデューサーとして数えきれないほど多くのグループを生み出してきた秋元康は、日本のアイドル文化の立役者と言っても過言ではない。そんな秋元のグループに属しながら、彼の提案によりアイドルプロデューサーとしての活動をスタートさせた“愛弟子”が、現在、=LOVE(イコールラブ)を筆頭に3組を手掛ける指原莉乃だ。
楽曲の詞は自ら書くという共通点を持つ二人は、どのような視点でアイドルと向き合い、ファンに届けようとしているのか。対話は両者の“出自”の違いをめぐる話題から幕を開けた。
秋元康(以下YA) 僕と指原は、アイドルプロデューサーになるまでの経緯がまず大きく違うんですよ。僕は放送作家がスタートで、ラジオからキャリアを経て、その後はテレビを中心としながら、コマーシャルや映画も手掛けてきました。
つまり、世の中の流行りを企画に落とし込むということを、あらゆる仕事を通してやってきたんです。その流れのひとつとして、作詞家として音楽の仕事もするようになりました。当初は稲垣潤一さんの「ドラマティック・レイン」や長渕剛さんの「GOODBYE青春」とか、J-POPを書いていて、アイドルとは無縁でした。
指原莉乃(以下RS) そうだったんですね!
YA でも、やがておニャン子クラブや菊池桃子さん、本田美奈子さん、小泉今日子さんといったアイドルの作詞もするようになりました。とはいえ、それはレコード会社のディレクターやプロデューサーから、言われたことをしているだけじゃないですか。
「いつか自分の考えるプロデュースを好きなようにやってみたいな」って思っていたなか、それを最初に実現できたのがAKB48なんです。一方の指原は、もともと不登校の中学生なわけじゃない?
RS 大分県の引きこもりでした。
YA その頃に、モーニング娘。と出会い、希望の光を見出したわけですよ。のちに、自分もアイドルになり、そしてプロデューサーにもなっていくんだけど、ファンから始まっているということが、重要。だからこそ、お世辞でもなんでもないけど、指原は今日本で一番才能がある作詞家のひとりになれたんだと思う。褒めても何もくれないからあれだけど(笑)。
RS うわっ、嬉しい。本当に何もあげられませんが(笑)。
YA つまり、それはファンが何を求めているのかをわかっているからだと思うんですよ。指原もなんか偉そうなこと言ってよ(笑)。
RS いやいや……。私は秋元さんにチャンスをいただいてHKT48時代に=LOVEをプロデュースすることになりました。正直に言えば、アイドルプロデューサーという仕事に興味はありつつも、それは自分がタレント活動を終えた後のことだろうなと思っていたんです。
だから、自分の想定よりもすごく早いスタートだったんですけど、おっしゃっていただいたように、私はファンもアイドルも経験して、今は運営もしている。どれかをスルーできたらよかったなと思わなくもありません。つまり、すべての立場の人の気持ちがわかってしまうからこそ、私ってつまらないプロデューサーなんですよ。どこかの気持ちがわからなければ、もっと面白い提案をいっぱいできるのになって。
YA それはわかるな。
RS それが今、プロデューサーとしてすごく苦しいんです。
YA つまり、「このステージ照明はダメだと思うけど、ここまでスタッフが寝ずに頑張ってくれたから変更はできない」とか、いろんなことを考えすぎてしまうんだよね。
RS その遠慮が常にあります。
YA プレイヤーをやってたから、「これはメンバーの負担になるよな」とかね。でも、やっぱりそこを振り切らないとダメなんだよ、きっと。
RS そう、メンバーの負担を考えすぎちゃうんですよね。たぶん彼女たちは何も思ってないんですけど。だから、自分がファンじゃなかったらとか、アイドルをやってなければとか、最近は「たられば」をよく考えます。
YA でも、ファンだったからこそ、僕にできないけど、指原にはできることもあるんですよ。無意識かもしれないから、教えてあげましょうか?
RS ぜひ!
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秋元康
YASUSHI AKIMOTO/1958年、東京都生まれ。作詞家。高校時代から放送作家として活動。『ザ・ベストテン』など数々の番組構成を担当。作詞家としては美空ひばり「川の流れのように」AKB48「恋するフォーチュンクッキー」など多くのヒット曲を生む。作詞した楽曲は5000曲を超え、2025年末オリコン調べでは、シングルのトータルセールスが約1億8900万枚を突破。企画・原作の映画『着信アリ』はハリウッドリメイクされ、2008年『One Missed Call』としてアメリカで公開。2021年『真犯人フラグ』(NTV系列/企画・原案)はTwitterのトレンドワード1位となり、考察合戦が繰り広げられ話題に。三井不動産株式会社、株式会社東京ドームとの共同プロジェクトとして、2026年8月開業の専用劇場を持つ男性アイドルグループ『Cloud ten』をプロデュース。2022年4月、紫綬褒章を受章。
指原莉乃
RINO SASHIHARA/1992年、大分県生まれ。タレント。2007年、AKB48 第二回研究生オーディションに合格。翌年、正式メンバーに昇格した。その後、2012年にHKT48に移籍し、AKB48選抜総選挙では4度も第1位に輝くという前人未到の快挙を成し遂げる中、2019年に卒業。現在は、バラエティタレントとして活躍する傍ら、アイドルプロデューサーとしての才覚も発揮。HKT48在籍時の2016年よりプロデュースす=LOVEの他、≠ME、≒JOYを手掛け、すべての楽曲の作詞も担当している。2025年、「第67回 輝く!日本レコード大賞」において、=LOVEの「とくべチュ、して」で作詩賞を受賞した。10月には=LOVEの9周年コンサートを東京・TOYOTA ARENA TOKYOで、2日間にわたり開催。≒JOYも全国ツアー中で、10月に兵庫、11月に宮城でのライブを控える。公式YouTube「さしはらちゃんねる」を運営中。
Photographer YUJI WATANABE
Fashion Editors TSUYOSHI NOGUCHI(YASUSHI AKIMOTO)and YUKO OBARA (RINO SASHIHARA)
Talent YASUSHI AKIMOTO and RINO SASHIHARA
Text KEISUKE KAGIWADA
Sittings editors SAORI MASUDA and FUYUKO TSUJI
Hair and Make-up YUKIE TSUJIMURA at Ende(RINO SASHIHARA)

