“盛りすぎ美容”に警鐘。現代の美意識を問いただす


Shoko Natori

幕が上がる時がきた。衣装をビシッと着て、きれいにメイクをして……そう、ジャニスのように。なに、ジャニスをご存知ない? ジャニスとは、人気マペットバンド、ドクター・ティース&エレクトリック・メイヘムの左利きのリードギタリスト兼コーラス担当だ。その名の通り、名前の由来は伝説的なロックシンガーのジャニス・ジョプリンだが、キャラ的にはジョニ・ミッチェルとミック・ジャガーを足して二で割ったような存在だ。そんなジャニスは、どこにいてもとにかく目立つ。理由は、グルーヴィーでいかにもフラワーチルドレンらしい性格だけではない。

それは美のあらゆる観点から見て、ジャニスが“盛りすぎている”という点にある。彼女の唇やまつ毛、さらにはファンデーション(あるいはセルフタンニングによるもの? それともファンデとの二刀流?)を見てほしい。もしジャニスに爪があったなら、きっとネコ科の動物を連想させるようなド派手系ネイルをしているにちがいない。操り人形、パロディの象徴、コミカルな効果をねらって過剰なまでに誇張されたキャラクター……それがジャニスなのだ。

だが、ちょっと待ってほしい。ジャニスを単なる架空の存在として片付けてよいものか……私たちは、現実世界を生きる“リアルジャニス”を日常的に目にしているのではないだろうか。彼女はパブであなたの隣に座っているかもしれないし、テレビの画面に映っているかもしれない(恋愛リアリティ番組『ラブ・アイランド』をご覧あれ)。そうでなければ、ゴシップ誌の中からあなたをじっと見つめているかもしれないし、TikTokで絶大な影響力をふるっているかもしれない(美容インフルエンサーのメレディス・ダックスベリーのように)。どういうわけか、ジャニスは“美容版ペプシ”——次世代の選択——として一定の市民権を得てしまったようだ。

“リアルジャニス”台頭のメリットとデメリットを議論したところで、私たちは永遠に結論にいたらないだろう。そのいっぽうで、盛りすぎ美容は本当に美しいのか? という根本的な問題に加えて、一部の人たちの間では、そのやり方が疑問視されている。まるで顔面にスライムを塗りたくったかのようなファンデーションの厚塗り(それも化粧下地なしのフルカバレッジファンデ直塗り)や、見えるところだけにセルフタンニング剤を塗る行為(幸運にもジャニスが誰かと一夜を過ごすことになっても、電気を消してしまえば朝までわからない)などがそうだ。後者についてタンニングの専門家のジェームス・リードは、「かつて私が『ファッションタン』と呼んだ、日焼け跡を強調するために見えている場所だけにわざとセルフタンニング剤を塗るという行為は、実に興味深いものです」と語った。リードは、美容業界では「フェイクタン」として定着していた人工的な日焼けをよりラグジュアリーな「セルフタン」へとアップグレードさせた立役者のひとりだ。リードの母親を含む多くの人が「人工的な小麦肌を自己表現、さらには“日焼け愛”の証しとして誇らしく掲げている」という。

では、フルコースのジャニスルックはどうだろうか? 「メイクアップ・アーティストとして、ふさふさのまつ毛とヌーディなリップという組み合わせが昔から好きでした。でも、現在の過激な美容行為のせいで、こうしたルックは一種の風刺とみなされるようになってしまいました」と語るのは、現代屈指のメイクアップ・アーティストのひとりであり、MACのメイクアップ・アーティストリー・ディレクターを務めるテリー・バーバー。さらにバーバーは、次のように言葉を継いだ。「私は常に、インパクトのあるメイクをするなら、それ以外のものはすべて控えめにしなければならない、というルールを守ってきました。60年代の女性たちは、この点をよく理解していました。それに対し、ありとあらゆる要素を盛りにいく昨今のトレンドは、もはや美容ではなく、漫画の領域といえるでしょう。いうなれば、スーパーモデルに憧れて、[エアロスミスのヴォーカリストの]スティーヴン・タイラーになってしまうようなものです」

ご存知の通り、メイクはイメチェンや自己表現のための手軽な手段として広く浸透している。「メイクを通して自分を美しく見せることは、いつの時代も人々を魅了してきました。若い人ほど、こうした行為に夢中になる傾向があります」とバーバーは語る。「80〜90年代においては、おそらく音楽やサブカルチャーが大きな影響力を持っていました。その後、セレブリティカルチャーとソーシャルメディアが結びついたことで、いまの若者の自分に対する視線ががらりと変わってしまったのです。その結果、“美のオリンピック”のような状況になってしまいました。ひとつの理想的な美の形——カーダシアン姉妹に『ラブ・アイランド』と『ル・ポールのドラァグ・レース』を少し加えたもの——を求めて、誰もが完璧さを追求しながら競い合うようになったのです。クールであることやエフォートレス、洗練さ、シックといったものは、突如として時代遅れになってしまいました」

これについては、美容医療業界の著名人たちも同意見だ。「美容にもトレンドはあります。ですが、行き過ぎた美容行為によって変形したように見える唇や腫れ上がった顔は、不自然な印象を与えかねません」と、ロンドンで美容皮膚科学に特化したクリニック、コスダーム(Cosderm)を経営するサービ・ヴィルマニ医師は指摘する。ヴィルマニ医師は、美容および再生医療学の専門家だ。「リアリティ番組のスターたちがコスメシューティカル[化粧品を意味するcosmeticsと、薬学・調剤を意味するpharmaceuticalを掛け合わせた造語]を世に広めたことで、若い世代の美に対する考え方が変わってしまいました。誰もが同じような顔になり、いまでは過剰なフィラー[ヒアルロン酸などの注入剤または注入治療]が標準化されたといっても過言ではありません」

これについて若い“リアルジャニス”たちはどう思っているのだろう。おそらく彼女たちは、フィラーを使う目的は、まさにそこにあると答えるだろう。フィラーで過剰なまでにふっくらとした唇や頬は、同年代の間ではステータスの象徴、ひいてはシャネルのハンドバッグ「2.55」のように、見せびらかすためにあるのだ。その証拠に、彼女たちはこうしたプチ整形に多額を投じている。私たちがなんと言おうと、この世代はカーダシアン姉妹のような超富裕層の女性たちの美意識——気に入らないところがあれば直せばいい、という考え方を引き継いでいるのだ。それは、1世紀近くにわたってハリウッドが銀幕スターを使ってやってきたのと同じ手法であることを私たちは認めなければならない。時代が変わっても、人々がどこを切っても同じ“金太郎飴”的な美を追いかける姿は変わらない——変わったのは、美の形だけだ。

加えて、美のプレッシャーがいまと昔とではまるで異なることも挙げなければならない。「前の世代は、リアリティ番組やソーシャルメディアによって、次から次へとこうしたイメージを浴びせられることはありませんでした」と、ワシム・タクトゥク医師は指摘する。ナチュラルなプチ整形のテクニックによって美容マニアから熱い信頼を寄せられているタクトゥク医師は、次のように続けた。「たとえば、前の世代は雑誌やテレビで“普通の人”を目にしていましたが、いまの世代はInstagramで『リップフィラー』と検索するだけで、AIないしSNSプラットフォームがそれに該当するコンテンツを次々と表示させます。フィラーでパンパンになった不自然な顔ばかり見ているうちに、それが自分にとっての“普通”になってしまうことが、こうしたSNSのデメリットでもあるのです」

ドクター・ティース&エレクトリック・メイヘムのリードギタリストのジャニスphotograph courtesy of Nicole Wilder/ Disney General Entertainment Content via Getty Images 

だが、マペットのジャニス本人が決して不幸せではない、ということも忘れてはいけない。それどころか、見たところはハッピーなパーティーガールとして充実した毎日を送っているようだ(『ラブ・アイランド』にキャスティングされる日もそう遠くない⁉︎)。それにどれだけ世間がジャニスを叩こうとも、今日の行き過ぎた美容行為の勢いは収まりそうにない。

「美容トレンドは瞬く間にメインストリームに躍り出ることがあります。セレブが実践していたり、ネット上でそれが正しいと言われていたりした場合は、特にそうです」と、メイクアップ・アーティストで本誌の友人のアンドリュー・ガリモアは言う。「数年前から、女性たちのまつ毛が以前よりも長く、太く、濃くなっていることには気づいています。こうしたトレンドは、おそらくまつ毛エクステンションが助長したものでしょう。まつエクの普及とともに、ある日突然、女性のまつ毛が長くてふさふさになったのです」。それによって、人々の考え方も変わった。「何年も前からマスカラの広告は、『もっと長く、もっと太く、もっと濃く、ボリュームも99%アップ』といったことを謳ってきましたが、いまでは誰もが長くてふさふさのまつ毛を手に入れられるようになりました」とガリモアは言葉を添えた。要するにジャニスは、美容版「民衆を導く自由の女神」であり、万人に与えられるべき権利を改めて主張する平等主義者なのだ。

だが、“リアルジャニス”として生きるには、それなりの弊害もある。爪を長くすることでスマホ操作のような日常のしぐさにさえ悪戦苦闘しかねないし、頻繁に自分や人を刺す羽目にもなりかねない。こうした問題を解消するためにネイルズインク(NAILS INC)は、先日アルコール入りスパークリングウォーター「ホワイト・クロー・ハード・セルツァー(White Claw Hard Seltzers)」とタッグを組み、地爪とアクリルネイルの両方の欠けを防ぐ缶オープナーを発売した。まさに時代を映したコラボだ。

かつての若者たちが行き過ぎた美容行為がもたらしたダメージにいまになって悩まされているように——70〜90年代に眉毛を抜きすぎた人など——現代の“リアルジャニス”も、いつかは我が身に降りかかる負の影響を十分に把握しておく必要がある。ネイル界の教祖的存在として知られるレイトン・デニー・MBEは、「長いネイルエクステンションを付けていて、割れや欠けを経験したことのある人は、そうしたネイルがファッションショーや写真撮影にはうってつけかもしれないけれど、爪に与えるリスクやダメージを覚悟してまで付けるべきものではないことを、身をもって知っているはずです」と語る。さらにデニーは、トレンドとはシニカルなものであり、それゆえに長期的なダメージのリスクを負うことがいかに無意味であるかを強調した。同時に、ここ最近流行しているネイルの形が墓石に似ていると指摘し、「ウルトラグラマスな“盛り”は、いまではやりすぎ傾向にあります」と警鐘を鳴らした。古代エジプトが発祥のコフィン(棺桶)ネイルは、いまではもっとも人気のネイルデザインのひとつだ。もともとはネイルエクステンションやネイルアートとして普及しはじめたものは、いまでは複雑で不便きわまりないアクリル製のネイルチップへと変わってしまった。毒蜘蛛もびっくりするようなまつエクの愛用者にも同じことが言える。「当サロンでは、お客様の95%をお断りしています。理由は、ロシア人のように何重にもなったボリューム満点のまつ毛を希望されるからです。サロンの中には、1本の地まつ毛に対し、最大16本以上のエクステンションを付けるところもあるようですが……」とエディータ・クロウスカはため息をつく。美容業界では「エディ・ロンドン」の名で親しまれている彼女は、ナチュラルで豊かなまつ毛を得意とする、業界屈指のアイデザイナーだ。

「まつ毛を包んでいる毛包という組織はとても繊細で、過剰なボリュームには耐えられません。負荷をかけ続けることで、いつかは新しいまつ毛を生成できなくなってしまうかもしれません」とクロウスカは忠告し、「まつ毛を長くするには、1本ずつ伸ばしていくしかないのです」と続けた。もちろん、クロウスカはこの方法を守り続けてきた。つけまつ毛に関しては、キス(Kiss)というブランドがメイクアップ・アーティストの間で人気だ。

美容専門家の多くがナチュラルメイクのカムバックを主張するいっぽうで、盛りすぎジャニスルックの勢いが弱まる兆しは見えない。ひょっとしたら、テクノロジーがこうした状況を変えるのだろうか。たとえばヴィルマニ医師は、「フィラーの代わりに多血小板血漿(PRP)とエクソソームを活用した」新しいリップトリートメントサービスを提供している。さらに医師は「体内の細胞に働きかけて若々しい反応を促すことで、より美しくて洗練された結果を得ることができます。これこそが、美容の新しいフロンティアなのです」と語った。加えて、部分的に美の概念が永遠に変わってしまうことも考えられる。「お金持ちセレブのビフォー/アフターという形でフィラーの力を目の当たりにすることで、それがより望ましいものに見えてくるのでしょう」とガリモアは推測し、次のように続けた。「個人的には、こうした理想的な美の形が現実的だとは思っていません。でも、それによってあなたが誰かを傷つけることなく、毎日をご機嫌に過ごせるのなら、私は全面的に賛成です」。ジャニスになるべきか、ならないべきか——結局のところ、それはあなた次第ということだ。

とにかく大切なのはメイクオフ!

アンドリュー・ガリモアのおすすめは、ビオデルマ(Bioderma)の「サンシビオ エイチツーオー アイ」。ロングウェア&ウォータープルーフ処方のアイメイクやリップメイクをすっきり落としてくれる。同ブランドのクレンジングウォーター「サンシビオ エイチツーオーD」も愛用中。アウグスティヌス・バーダー(Augustinus Bader)の「フォーミングクレンザー」は、「モイスチャライザーで顔を洗っているようなしっとり感が魅力」と絶賛。私も同感だが、個人的には、メイクや肌の汚れをしっかり落としてくれる、ドランク エレファント(Drunk Elephant)の「スレイ メイクアップ メルティング バタークレンザー」とのダブル洗顔がおすすめ。ジェルからミルクへと変化する、ジェーン・スクリブナー(Jane Scrivner)の「ピュリファイングクレンザー」も、肌をさっぱりと洗い上げながら、潤いをしっかり守ってくれる。

人工的な日焼け跡を消すには、ジェームス・リードはセルフタンニング専用のクレンジング剤をおすすめしている。肌色を補正したり落ち着かせたりするには、レモン汁とライム汁を水と混ぜて軽く温め、肌になじませる方法がよいそうだ。人工的な小麦肌のケアには、角質を除去して潤いを届けてくれる、ビオロジックルシェルシュ(Biologique Recherche)の「ローションP50」を愛用中とのこと。

10+ 6号「VISIONARY, WOMEN, REVOLUTION」掲載記事

@edwinaingschambers

ja