モデル・美佳が体現する、山本耀司の幻影と実像

10 MAGAZINE JAPAN』創刊号では、西欧における服文化の既成概念を覆したことでファッション界に衝撃を与えたデビュー以来、モード界を牽引し続けている山本耀司に、ファッション・ジャーナリストのアシュリー・オガワ・クラークがインタビューを敢行した。スーパーモデルの美佳が纏う、ヨウジヤマモト2024年秋冬コレクションとともに、彼のデザイン哲学とその実像に迫るインタビューを通じて、山本耀司の真の姿を探る。

コート スカート シューズ/YOHJI YAMAMOTO

最初に灰皿が置かれた。間もなく山本耀司がやってくるというサインだ。テーブルの上に置かれた灰皿は、シルバー製でいかにも重そうだ。よく見ると、表面がキズでおおわれている。まるで宇宙船の船内で発見された未知の物体のようだ。

曇り空の昼下がり。私は、パリのサンマルタン通りに立つ6階建ての石造りの建物──ヨウジヤマモトのパリ・ショールームを訪れている。表札に掲げられた名前の本人と、いよいよここで対面するのだ。白い床板を囲む打ちっぱなしのコンクリート壁には、Yohji Yamamoto POUR HOMME 2025年春夏コレクションの作品が掛かっている。

たった2日前にまさにこの場所で、ひしめき合うジャーナリストやバイヤー、セレブリティの前で披露されたばかりの作品だ。その周りを、クリップボードを持ったスタッフが音も立てずに行き来する。

予定よりも早く到着してしまった──よりによって灰皿よりも先に。山本耀司(ファッション関係者と近しい人たちの間では「耀司さん」と呼ばれている)は、こちらに向かっているそうだ。

トップス/YOHJI YAMAMOTO

しばらくすると、ドアのほうで物音がした。山本が入ってきた。ボルサリーノの黒いハットの下から肩まで伸びたグレイヘアをのぞかせながら、いかにも年季が入っていそうなブラックのコットンやギャバジン生地を美しく重ねている。山本は部屋の隅に腰を下ろすと、ハイライトに火をつけた。大きなシルバーの灰皿の上で、トントンと灰を落とす。

山本耀司にインタビューするという貴重な機会に恵まれた私は、その重圧に押しつぶされそうだった。いうなれば、それは「デルフォイの神託」のプライベートショーイングに招かれたようなものだ。いまも現役で活動する世界最高峰デザイナーのひとりであり、「前衛モード」の生みの親として知られる彼は、50年以上にわたってファッション界を牽引し続け、自身の名を冠したブランドを圧倒的な影響力を備えたグローバルブランドへと成長させた。

1980年代にパリコレクションデビューを飾ると、その革新的なデザインは世界に衝撃を与え、全身真っ黒の服に身を包んだヨウジヤマモトの信奉者たちは「カラス族」と呼ばれた。だが、いまではZ世代のラッパーからベテランのファッション愛好家に至るまで、あらゆるオーディエンスを虜にしている。その多くが、いまも好んで黒を着ているのだ。

ヴェール付きハット ドレス ブラウス/YOHJI YAMAMOTO

握手とちょっとした世間話を交わすと、私は山本と一緒に小さなエレベーターに乗り込んだ。3階で扉が開き、会議室に案内される。私は長い木のテーブルの隅、山本の隣に座った。私はどうにかして緊張をほぐそうと、勇気を出して山本に話しかけた。

「タバコはいつ頃から吸ってらっしゃるのですか?」。彼が眉毛を上げて「そうだなぁ……」と言葉を詰まらせ、「16歳から吸ってるんだ。やめたことは一度もない」

コート ブーツ/YOHJI YAMAMOTO

山本は、数えるほどのデザイン哲学を誰よりも先に掲げ、それらを貫き通すことで生き残ってきた数少ない現役ファッションデザイナーのひとりである。だが、そうした事実はさておき、彼の服がいまでも多くの人を魅了してやまないのはなぜだろう。きっとそれは、彼が無限とも思えるような方法で黒い生地に命を吹き込むからかもしれない。

たとえば、6月20日に開催されたYohji Yamamoto POUR HOMME 2025年春夏のショーに登場した、背中に小さな四角形が切り抜かれたジャケットがそうだ。まるで外科医のメスによって切り抜かれたような生地は、開いた窓のようにはためいていた。これについて山本は「窓が必要だと思った。最近の夏はとても暑いから。昨今の度を越した暑さについて、人々に考えてもらいたかったんだ」と語った。

彼は、地球温暖化とそれが人類にもたらす悪影響のことを考え続けてきた。白いパンツの太ももの部分に描かれた黒い太陽の炎のイラストや、ゆったりとしたシャツの上を流れるような「太陽が出てきた(HERE COMES THE SUN)」というメッセージは、まさにその象徴である。

ドレス スニーカー/YOHJI YAMAMOTO

何よりも興味深い点として、ヨウジヤマモトの服には、一見矛盾するように思えるロマンチックな厭世感がある。たとえば、白いハーフパンツに描かれた「人間の本性は悪魔である(HUMAN CHARACTER IS THE DEMON)」という言葉がそうだ。

また、ランウェイに登場したイギリスの俳優シャーロット・ランプリングがまとっていたシャツには、山本自身の手によって「諸行無常」と書かれてあった。「諸行無常」とは、すべてのものは絶えず変化しているという仏教の核心的な教えのひとつであるが、彼はそれを警告のように解釈しているのだ。「人間はいつでも危険な存在になれる、という意味なんだ」と言い、「だから、気をつけないといけない」と言葉を継いだ。

ジャケット スカート シューズ/YOHJI YAMAMOTO

山本は、最近また仏教を勉強し直しているという。「いまだに仏教がどういうものであるかはわかっていないし、あなたに『仏教とはこういうものだ』と説くこともできない。まだ勉強中なんだ。きっと、死ぬまで勉強を続けるんだろう」と彼は語る。だが、それによって自然をより身近に感じるようになった。自然がライバルのような存在になっている。

「自然と競っているんだ」と、山本は力を込めて言う。「本物の自然は常に美しい。あなたもそう思うだろう? 犬や猫、植物、山、岩……どれもとても美しい。私には、一生つくれないものだ」。決して実現できない美の存在を証明するため、山本はポケットの中からスマホを取り出し、壁紙を見せてくれた。秋田犬がピンク色の舌を出している。「愛犬の凛(りん)ちゃん」と山本は言い、顔をほころばせた。

ヴェール付きハット ドレス ブラウス レギンス ブーツ/YOHJI YAMAMOTO

山本との会話は、まるで万華鏡をのぞくような体験である。小気味よいエピソードから深遠な事柄に至るまで、流れるように次から次へと話題が変わっていくのだ。

山本は終始ゆっくりと話し、時おり黙り込む。それが詩を朗読しているかのようなドラマチックな効果を生む。だが、気づくと次の話題に移っていて、いたずらっぽくなったりおどけてみたりしながらも、内なる挑発者としての側面を見せる。

「私は、いつも社会に反抗してきた。私がこうして生きているのは、母と同じように洋裁を生業としたおかげなんだ。服は社会に抵抗し、憤るための力をくれた。それは、とても前向きな怒りなんだ」

そこで私は、次の世代にアドバイスをするとしたら、どんなアドバイスをするのか? 彼らには何が欠けているのか? という質問をぶつけてみた。

それを聞いて彼は「とても簡単なことさ」と言ってニッと笑い、「もっと怒ること!」と続けた。

ジャケット スカート ブーツ/YOHJI YAMAMOTO

山本自身の怒りは、すでに多くの書籍や映像作品によって取り上げられてきたので、いまさらここで強調する必要はないだろう。山本耀司は、東京で生まれた。幼少期のもっとも古い記憶は、第二次大戦後の日本の姿だという。洋裁店を営む母親と、廃墟と化した東京で暮らした。

「3、4歳くらいの時かな。母に『どうして僕にはお父さんがいないの?』と質問した。すると、第二次世界大戦の末期に召集されたっていう答えが返ってきた」と山本は語る。父親は戦死したそうだ。「もちろん、父親が死んだことに怒りを覚えた。そういうわけで、4、5歳くらいから大人のことが嫌いになった。いまでも嫌いだけどね」と言って笑った。

その後数十年にわたって山本は、伝説的ともいうべきファッションデザイナーとして他の追随を許さず、自身のデザイン哲学を忠実に守り続けてきた。彼のデザイン哲学は、シーズンごとに進化しているにもかかわらず、キャロリン・べセット=ケネディからエルトン・ジョンに至るまで、多くの人に愛されている。

「唯一の苦労は、前シーズンからどのように変えるか、どのようにして新しいもの、違ったものにするかを考える時」と山本は口を開き、次のように言った。「どうして毎回同じことを繰り返さないんだ? と自分に問いかける時がある。でも、そんな時はこう言ってやるんだ。『そんなことをしたら、オーディエンスに飽きられてしまう』って」。

さらに、次のように続ける。「これからもファッションデザイナーを続けていくべきか? それとも、道を変えるべきか? と常に自問している」

果たして、答えは見つかったのだろうか。それについて山本は「まだ見つかってない。だから生きているんだ。別の道を見つけたら、きっと死んでしまうかもしれない」

ドレス/YOHJI YAMAMOTO

では、オーディエンスからのプレッシャーを感じているのだろうか。自らが生み出す服や哲学的な発言によって、常に彼らをあっと驚かせないといけない、という義務感のようなものは感じているのだろうか。それを聞いて山本は、ため息をもらした。

生きる意味を与えてくれる作品を生み続けるすべての偉大な芸術家がそうであるように、ファンの大きすぎる期待が重圧になっているのだ。「みんな、私のことを勘違いしている。『ヨウジはこういう人間だ』と勝手なイメージをつくり上げているんだ」と彼は言う。

「私にとっての服づくりとは、子どもの遊びのようなものなんだ。『悪いけど、私はみんなが思っているような偉大な存在じゃない!』と心の中で叫んでいる。人間はあらゆるものになれる。それなのに私は、人々がイメージする『ヨウジ』という役割を押し付けられているんだ」

ジャケット スカート シューズ/YOHJI YAMAMOTO

「では、耀司さんにとってのヨウジとは、どんな人間なのでしょう?」と私は尋ねた。

「すごくいい質問だ──難しい質問でもある」と山本は言い、ハイライトの箱に手を伸ばした。タバコを取り出し、火をつける。手元からゆっくりと煙が立ち上り、まるでオーラのように彼の周りで旋回した。

私は、じっと答えを待った。オーディエンスに向かって、いつもの難解なヨウジ節をぶつけてくるのだろうか。英知に富んだその瞳がオニキスのようにきらりと光る。

「わからないな」と優しい笑顔を浮かべた。「答えが見つからない」

Photographer KASIA WOŹNIAK
Fashion Editor GARTH ALLDAY SPENCER
Text ASHLEY OGAWA CLARKE

Model MIKA SCHNEIDER at Elite Models
Hair MICHAEL BUI at Walter Schupfer Management
Make-up LLOYD SIMMONDS at Agence Carole
Photographer’s assistant GABRIELLE GLANEC
Fashion assistant GLORIJA GZIMAILAITE
Casting SIX WOLVES
Production ZAC APOSTOLOU and SONYA MAZURYK
Translator SHOKO NATORI