『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号では、ジュエリーの聖地、パリ・ヴァンドーム広場に本店を構えるブシュロンにフォーカス。メゾンのフィロソフィを受け継ぐ二人のトップ、クリエイティブ・ディレクターのクレール・ショワンヌとCEOエレーヌ・プリ=デュケンにインタビューを敢行した。ここでは、本誌インタビューから一部を抜粋して紹介する。
「キャトル クラシック」イヤリング(YG×WG×PG×ダイヤモンド×ブラウンPVD)/BOUCHERON
ジュエリーの聖地、パリ・ヴァンドーム広場。その地に、ジュエラーとして初めてブティックを構えたのがブシュロンだ。以来その場所はメゾンの本店として、独創的で美にあふれる世界を紡ぎ出してきた。フィロソフィを受け継ぐ二人のトップ、クリエイティブ・ディレクターのクレール・ショワンヌとCEOエレーヌ・プリ=デュケンに話を聞いた。
2022年、アイスランドの幻想的な氷河の景観を巡る旅の中で、クレール・ショワンヌは自然が秘める圧倒的な力に魅了された。悠久の時が形づくった氷山、火山活動によって生まれた黒い砂浜、そして凍てつく大地を勢いよく流れ落ちる滝──。
それらの光景は、まるで夢の断片のように彼女の心に深く刻まれた。
ブシュロンのトップを務める二人。クリエイティブ・ディレクターのクレール・ショワンヌ(右)とCEOのエレーヌ・プリ= デュケン
ブシュロンのクリエイティブ・ディレクターであるショワンヌは、パリのアトリエへ戻ると、その記憶を幻想的なハイジュエリーへと昇華した。流れ落ちる滝を思わせる流麗なダイヤモンド、荒々しい波を表す黒曜石、そして幻想と芸術、自然との境界を曖昧にする詩的なジュエリーが生み出されたのである。
「私は、自然が持つ静かな詩情に心を動かされます」とショワンヌは語る。「氷河などの自然は、儚さと壮大さを同時に感じさせるものです。私たちに新たな問いを投げかけ、目に見えるものを超越し、感情的なつながりを生み出すものに、私は惹かれるのです」
クラスプ(留め具)のないハイジュエリー作品は、メゾンのアイコンとして現在も進化している。
こうした驚きや好奇心こそが、ショワンヌのクリエイティブ・ビジョンを象徴している。この15年間、彼女は創業168年を誇るブシュロンを、ヴァンドーム広場でもひときわ大胆な表現を追求するメゾンへと導いてきた。そのアプローチは、高度なサヴォアフェールと深い感性を見事に融合させ、ハイジュエリーの可能性を新たな領域へと押し広げる一方で、揺るぎない詩情を決して失うことはなかった。
ブシュロンは、メゾンのアーカイブに現代的なアプローチを加えた「ヒストリー オブスタイル」、ショワンヌにクリエイティブの全権を委ねた「カルト ブランシュ」という2つのハイジュエリーコレクションを発表している。
「キャトル」ブレスレットを重ねづけしたり、リングをスカーフリングとして取り入れたり。ジュエリーは固定したものではなく、身につける人の個性によって変化することをキャンペーンビジュアルで示している。
2026年のキャンペーンでは、既成の枠にとらわれない、多彩なスタイリングを提案している。
ショワンヌのクリエイティビティは、彼女のパーソナルな感情を起点にしている。インスピレーションの源やアイデアについて語る彼女からは、飾らない温かさと尽きることのない情熱が自然とにじみ出ており、聞く者を彼女の世界へと引き込んでいく。ハイジュエリーという特別な世界にあって、彼女は、数百万ドルの価値を持つダイヤモンドのネックレスにも、火山由来の黒砂で仕立てたカフにも、分け隔てなく胸を躍らせる。
「私は、高度なサヴォアフェールと詩的な美しさが融合した、常識にとらわれない新しいジュエリーの姿を追求することが好きなのです」と彼女は語る。「ハイジュエリーに限界がある限り、私たちはその可能性の境界を押し広げ続け、創造的なビジョンを形にしていきます」。その精神は、ブシュロンの本拠地、ヴァンドーム広場26番地の本店の隅々に息づいている。
日本の生け花や侘び寂びがインスピレーションとなった、ハイジュエリー「インパーマネンス」コレクション。藤の花をモチーフにしたヘッドジュエリーは、ブローチとしても楽しめるトランスフォーマブル作品。
俳優のコールマン・ドミンゴは、1月より、メゾンのフレンドに起用されている。
創業者フレデリック・ブシュロンは、1893年、ヴァンドーム広場にブティックを構えた最初のジュエラーである。彼が選んだ角地は、豊かな陽光が降り注ぐことで知られ、「オテル・ド・ノセ」と呼ばれていた。その18世紀の邸宅にまつわる伝説も存在する。
かつてここは、ナポレオン3世の愛人であり、ヨーロッパ随一の美貌の持ち主として称賛されたヴィルジニー・ド・カスティリオーネ伯爵夫人の住まいであった。しかし彼女はやがて人目を避けてひっそりと暮らすようになり、鏡を覆い部屋を黒く塗り替えたまま、最期を迎えたといわれている。
ジュエラーとして初めてヴァンドーム広場にブティックを構えた頃の外観。
もしこのパリの邸宅に亡霊が宿るとするなら、ショワンヌが最も対話しているのは、フレデリック・ブシュロンのそれかもしれない。
彼もまた、時代を大きく先取りした革新的な思想の持ち主だった。ファインジュエリーの世界で型破りな素材使いが注目を集めるはるか以前から、フレデリックはダイヤモンドやゴールドに木材やロッククリスタル、さらには布地までも組み合わせていたのである。
織物商の息子として生まれ、オートクチュールにも精通していた彼は、女性たちが厳格なシルエットやコルセットによって身体を拘束されていた時代に、動き、流動性、そして自由を備えたジュエリーを思い描いていたのである。
1881年に発表された「クエスチョンマーク ネックレス」
自然を写実的に表現するのも、メゾンが誇る美学のひとつ。
彼の最も象徴的なデザインとして現在も受け継がれているのが、1879年に発表された「クエスチョンマーク ネックレス」だ。留め具を持たないこの革新的なネックレスは、左右非対称のフォルムで首元を優雅な曲線で包み込み、1889年のパリ万国博覧会でグランプリを受賞した。この作品は、現在もなおショワンヌが最も愛するフレデリックのデザインである。
「私がこの作品にこれほど惹かれるのは、その魅力が単なる素材の美しさにとどまらないからです。フレデリックのクリエイティビティや先見性を見事に体現しているだけでなく、女性に対する彼の真摯な思いやりも感じられます。彼は、気負うことなく自らを飾る自由を、女性たちに与えました。ネックレスの着用に際し、誰の手も借りることなく、ほんのひとつの仕草で留められるようにした。それは、革新とエンパワーメントの象徴です」
気になるインタビューの全文は『10 MAGAZINE JAPAN』2026年秋冬号をぜひチェックして!
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Photographer MICHELLE HUYNH
Text JILL NEWMAN
Fashion and Jewellery Editor JOHANNA BOUVIER
Models CAMILLE CHIFFLOT at Supreme Management Paris
Hair BASTIEN ZORZETTO at Walter Schupfer Management using SEBASTIAN PROFESSIONAL
Make-up CAMILLA ROMAGNOLI using M.A.C Cosmetics
Photos Courtesy of BOUCHERON (Except Top Image)










