『10 MAGAZINE JAPAN』の創刊号では、現在、日本のファッションシーンの中核を支える9人のデザイナー、二宮啓、宮前義之、山縣良和、黒河内真衣子、森永邦彦、井野将之、落合宏理、高橋悠介、中里唯馬にフォーカスを当て、それぞれに10の質問を投げかけた。
本誌ファッション・フィーチャーズ・ディレクターでファッションジャーナリストの渡辺三津子が、彼らの創作の軌跡を追い、それぞれが切り拓く未来への視座に迫った。ここでは、日本のファッションシーンを最前線で見つめ続けてきた渡辺による特集企画の総論を掲載する。
後編では、彼らの多くが属する“ロスジェネ”世代が成長し、変化を続ける時代のなかで、服を作り続ける理由と、日本発のファッションの未来についてさらに考察する。
“夢の消えた時代”に、ファッションで未来への航海を続ける
先にも述べたようにファッションにコンセプチュアルなコンテクストを持ち込んだマルタン・マルジェラの影響力は絶大だった。現在日本から唯一、パリ・オートクチュールに参加するユイマナカザトの中里唯馬は、高校3年生でのマルジェラとの衝撃的な“出合い(雑誌『スタジオ・ボイス』の特集)”によってデザイナーを志し、一人でアントワープ王立芸術アカデミーの卒業ショーを見るための旅に出て、翌年入学することになる。
二宮も大学卒業後にアントワープの門を叩いた一人だ。アンリアレイジの森永邦彦は大学時代に師と仰ぐ先輩デザイナーから川久保玲やマルジェラの存在を教わり、「服で非日常を描く」という行為に夢中になる。
このように時代の流れからも見てとれるように、これら日本のデザイナーたちの情熱は率直なまでに服そのものに注がれている。「服で、ファッションで、何ができるのか」。それは先達の偉大なるデザイナーたちが向かい続けた問いであり、彼らが示した、既成概念を破るクリエイションへの挑戦、という姿勢でもある。
結果として社会的名声や成功が訪れたとしても、最初にあるのは純粋すぎるともいえる情熱なのだ。日本社会全体の動向から見てみると、今回取材した彼らの多くは「ロスジェネ」と呼ばれる世代に属する。バブル崩壊後に就職活動をした世代で、すなわち「不景気の犠牲」となった若者たちだ。
しかし、街には“ファッションという夢”がまだたくさん輝いていた。夢中にならない理由はない。彼らにそんな世代意識は薄いかもしれないが、90年代以降停滞する日本経済のなかで、市場が縮小し、頼りにしていた工場が廃業や窮地に陥る現状への危機感は極めて高く、自分たちの世代で途絶えさせてはならない、という意識を強く持っている。
「イッセイ、カワクボ、ヨウジの後の世代が日本から出てこない」。世界のファッション界ではそんな感想を聞くことも多い。しかし、それらの「偉大すぎる先達」に比べられることに、彼らは特別な劣等感や気後れを感じているようにはもはや見えない。むしろ「夢の消えた世代のなかで夢を追う」、現実を知る賢さと落ち着きを身につけているようにさえ感じられる。彼らは、まず自分自身に真摯に向き合う。「他の誰でもない私が生み出せるものとは?」と。
ファッション史に刻まれた先達たちの精神を北極星のように時々仰ぎながら、ファッションという大海原を漕いでゆく。その船はまだ小さいかもしれないが、丁寧に作られ、美しく磨かれて、自分のペースで確実にまだ見ぬ海を渡ってゆく。超大型豪華客船が起こす波に少しは翻弄され、羨ましく見上げることもあるかもしれないけれど、慌てずに航海を継続していくことを第一に考えている。
情報が溢れ、目まぐるしく複雑化するファッションの世界で生き抜くことは、今後、さらに変化する社会そのものと対峙することと同義になるであろう。そのとき、彼らの堅実なヴィジョンとクリエイションに対する情熱は、さまざまなボーダーを超えて、きっと誰かを力づけ、結び合う関係性を獲得するだろう。ファッションを通して人間に向き合い続ける限り新しいネットワークは開かれる、そう思いを巡らす。
『10マガジン ジャパン』の創刊号では9人のデザイナーたちに10の質問を投げかけた。その答えのなかに一人一人のクリエイションに対する姿勢を探っていただきたい(創刊号 p.72~75)。なぜ10人じゃないの、と思われるかもしれないが、残りのひと枠は今後登場する多くのデザイナーたちのスペースである。
若きデザイナーたちの挑戦は、さらに続く──。
Photographer YASUTOMO EBISU
Interview & Text MITSUKO WATANABE
Sitting editors SAORI MASUDA and TOMOMI HATA
Digital editors SHOKO NATORI and MIKA MUKAIYAMA
